第5話「悪役貴族、父を殺す」

 人を殺す方法はたくさんある。

 刺殺、斬殺、呪殺、撲殺などさまざまだ。

 だが、父親を殺すのならその方法は一つしかないと、今のアルバルゴは考えている。

 父親の頭を鷲掴みにして引きずっていく。



「前世の記憶が蘇ってきたんだけどさ」

「?」



 父親はアルバルゴの発言の意図がわからなかった。

 わからないまま、アルバルゴの言葉を聞くことしかできなかった。



「前世の僕の父親はあんたに負けず劣らずのクズでね、暴力は当たり前だったし何度も死ぬかと思った。特に酔っ払うと手がつけられなくてね」

「な、に、を?」

「あの日も酔っ払ってたんだよね。めちゃくちゃうるさくてさ、風呂に浸かったままさっさと飯を作れだの着替えを用意しろだの言うからさ」



 アルバルゴが父を運んだのは、一体の死体の前だった。腹を切られ、そこからは大量の血と臓物が溢れ出ていた。当人の生死は語るまでもない。



「だから僕は、彼の頭に乗ってーー風呂にあいつの頭を沈めた」

「ま、まさか」

「だから今の僕も同じ道を選ぶ」



 アルバルゴは血溜まりに――血でできた水溜りに――持ち上げていた父親の顔面を沈めた。



「が、ぼ」

「せいぜいのたうち回って死んでくれ、父上」

「溺死――窒息ってのは苦しい。僕も前世で殺されかけたことが何度もあるから知ってるんだ」

「――」



 ばたばたともがく父親の体を魔法で強化した足で踏みつけて抑えながら、アルバルゴは口を開く。



「人を溺死させるのに必要な水の量って、意外と少ないんだってね。それこそ、風呂桶一杯分で十分だし、状況次第では水たまりで溺死することだってあるらしい」



 だから、血まみれの死体の腹部であっても、人を殺すには十分すぎるのだということだ。

 父は、必死になってもがいていた。鼻に口に血液や内容物が入り込み、呼吸を阻害する。

 純粋な水ではないため、溺死には至らないかもしれないがそれでもかまわない。

気道をふさぐことで窒息の苦しさと絶望を味わわせられればそれで十分。



「――」



 ばたばたと、砕けた手足を振り回しながら死に物狂いでもがく。それでも彼を押さえつけるアルバルゴの足は動かない。

 公爵を救えるものはここにはいない。

 タルラーもマリアンヌも震えるばかりであり、もはや何かができるような状態ではない。

 観衆はとっくに逃げ出しているし、護衛は全滅している。



「まるで、虫みたいだな」



 ちらりと、アルバルゴはタルラーの方を見る。

 見られてことでびくりとした彼女に対して、小首を傾げて、彼は問う。



「助けないの?」

「な、な、なにを」

「いや、僕がお前の夫を殺そうとしているのに、どうしてお前はただ見ているだけなのかなって。ましてや、こいつを殺したら次はお前で、その次はそこにいる娘だよ。普通に考えれば何かしらの手を打つのが正解なんじゃないの?」

「そ、それは……」

「…………僕と戦うの?それとも逃げる?」



 彼女は、一瞬でこの後どうなるかを想像したのだろう。蒼白を超えて、顔面が土気色に変わっている。そこらに転がっている死体と同じだ。

 それでいい。

 今していることも、今からしていることも報復行為だ。

 であれば、苦しむ時間は長ければ長いほどいい。



「家族って、幸せの象徴みたいに言われているよね」

「でも、実際のところはどうなのかな」

「僕はまともな家族ってものを持てなかったからなあ」

「なにしろ前世では母は男に走って僕たちを捨てるし、父は僕を殴って憂さ晴らしをするし」

「今世でも実母は既に死んでて、父親はこんなだから、家族っていうものが幸せだとはどうしても思えないんだよね」

「まあ、別にいいんだよ。だから家族っていう枠組みは悪なんだっていうつもりもないし」

「むしろ逆だ。理想のように回っている家族があれば、それが一番なんだと思う」

「親が子を守り、子は親を愛する、素晴らしい家族愛だね」

「でも、その理想が叶わないなら、家族というものは敵にしかなりえないと思わないかな?あれ?」



 そこまで喋ってからアルバルゴは気づく。

 父がもう動いていないことに。



『カウントが加算されます』



 脳内に響くメッセージが、手甲の数字の増加が、父親の死を教えてくれた。



「ふふっ」



 アルバルゴは、足でサッカーボールでも蹴るかのように頭部を蹴り上げる。公爵の、血や体 液にまみれた死に顔が露になる。



「ぷふっ、あははははははははは!おもしろーい!」



 誰もが目を覆うほどの凄惨な光景を前にして。僕は笑っていた。



「これ以上ないくらい酷い顔してるよ。最高じゃないか!無様だなあ!」



 達成感と充足感で満たされて。これ以上ない程、幸せそうに。



「あはっ、あはははははははははははっ!」



 悪役の哄笑が、処刑場に響き渡った。

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