第24話 妙な島 1

 冴山さんと付き合い始めた――……そんなウソのような出来事が実現した週末が過ぎ去り、新たな週を迎えている。


「お、おはよう冴山さん……」

「あ……おはよ、芳野くん……」


 朝。

 リビングで顔を合わせた僕らは挨拶を交わす。

 ちょっとぎこちないのは、照れ臭さがあるからだ。

 本番こそしていないが裸を見せ合った仲だというのに、僕らは今更何を照れているんだろうか。

 よく分からないけれど、とにかく照れ臭い。


 やがて登校の時間がやってくると、いつも通りにバラけて家を出て、学校ではお互いに接点を感じさせない過ごし方をする。

 でも昼休みはいつもの非常階段でひっそりと一緒に弁当を食べて、食後にどちらからともなくキスをしたら、おかずのポテトサラダの味がした。けどそんなの気にならないくらい、冴山さんを独占出来ていることが誇らしい。


「よ、芳野くんにお願いがあるんだけど……」


 やがて学校が終わって帰宅し、夕飯を済ませたあとに僕らは恋人らしく一緒にお風呂に入っている。狭いバスタブに向かい合って浸かっているけれど、おかげさまで密着度が高くて良い。


「……お願いって?」

「こ、今週末……取材旅行に付いてきてもらいたくて……」

「取材旅行……?」

「う、うん……次の陽キャシリーズ、離島のクローズドサークルものにしようかなと……」

「なるほど……でも関東圏で1泊2日で行けるような離島ってある?」

「ひ、日帰りで行けるところも結構あるから、泊まりなら余裕だと思う……」

「へえ」


 知らないだけで意外とあるらしい。


「ひ、費用は出すから、もし迷惑じゃなければ……」

「もちろん行くよ。むしろ同行をお願いしたいくらいだし」


 レインの取材旅行に携われるなんて最高じゃないか。

 そもそも恋人との旅行に行きたくないわけがないんだ。


「あ、ありがとう芳野くん……じゃ、じゃあ今、軽くお礼しておくね……」

「――っ」


 お、お礼って……これは……うっ……すごい……。

 何がとは言えないけどとにかくすごい……。

 すごいお礼だ……。


「……い、いっぱい出してね……?」


 そのセリフはヤバい。

 一気にぞわっと来た。

 このまま湯船の中は気が引ける。

 僕は立ち上がってアタフタ。

 すると、


「……ん」


 冴山さんが口を開けていた。

 こ、これって……。

 迷う気持ちが生まれるけれど、もう限界だったから、それに従った。


 言うまでもなく、最高に良かった……。


  ※

 

 そして週末を迎えた。

 朝早くにフェリー乗り場に来ている。

 約束していた1泊2日の取材旅行のためだ。

 カモメが鳴いている。

 最近の僕らはお出かけばかりで、なんだか陽キャのようだ。

 

「ね、ねえ芳野くん……明日嵐が来て帰れなくなったらどうする?」

「残念だけどもうずっと快晴らしいよ?」


 暦は7月に切り替わっていて、すっかり梅雨明け。

 離島が完全なるクローズドサークル化することはありえなさそうだ。


「それより冴山さん、船酔いの心配は?」

「わ、私、乗り物には強いから……芳野くんこそ平気?」

「自慢じゃないけど、これまで乗り物で酔ったことがないんだ」


 という返事は見事なフラグとなり、僕は出航後のフェリーでダウン。


「うぅ……」

「が、頑張って……っ」


 2等客室の大部屋だけど、他にお客さんが居ないので貸し切りみたいなものだった。

 僕は冴山さんの膝枕で休ませてもらっている。

 今日の冴山さんは動きやすさを優先したトレッキングウェアを着用中だ。

 下半身はレギンスの上にショートパンツを履いている感じで、僕はひんやり素材のレギンス部分に頭を乗せている。

 レギンスはピチッとしているから、冴山さんの脚の感触が割とダイレクト。

 むちむちの枕は船酔いを盛大に癒やしてくれる。

 おかげでなんとか渡航途中に快復。

 離島に着いた頃には通常モードだった。


 離島は絶海の孤島って感じじゃなくて、普通にのどかな人里だった。

 観光客は見当たらない。フェリーから降りてくるのも、宅配便とか食料の定期便とかを除くと僕らだけ。

 観光に適している離島は近くに別のがあるから、こっちは人気がないんだろう。


 ともあれ、僕らは取材を始める前に、冴山さんが予約を入れたという宿に向かう。

 手を繋いで。

 こないだの夢の国では普通に繋ぐだけだったけど、今日は指同士を絡める例のアレだった。


「こ、恋人みたいだね……」

「……いや恋人なんだよ」

「あ、そ、そっか……」


 天然を披露してくれた冴山さんに苦笑しつつ、やがて宿に到着した。


「え、デカいな……」

 

 こんな離島にあるとは思えないほど、それは立派な外観だった。

 武家屋敷風で、あんまり宿らしくない。

 屋敷の一部を貸し出す民泊、って感じだろうか。


「どうも。お待ちしておりました」


 中に入ると、黒髪をお団子にまとめている和装の美人女主人が出迎えてくれた。 

 若くはなさそうで、アラフォーくらいだろうか。

 変な話だけど、冴山さんが順調に歳を重ねたらこうなるんじゃないか、となんとなく思った。


 冴山さんがトイレに行ったので、僕が先んじて部屋に案内され始める。


「ここって民泊ですよね?」

「ええ、そうです。本業は別ですけど、部屋が空いているんでそこを利用する形で」

「なるほど」

「一緒に居た方はカノジョさん?」

「あ、はい、そうです」

「ラブラブ?」

「まぁ、そのつもりですけど」

「将来を誓い合ったりは?」

「えっと……」


 なんだろう、グイグイ来るな……。


「ま、まだ将来は誓い合ってないですけど、そうなれたらいいなとは思ってます」

「あら、そうなんですね」


 そんなやり取りをしているうちに部屋へとたどり着く。

 10畳くらいはある綺麗な和室だった。


「じゃあ何かあれば言ってくださいね。ごゆるりとどうぞ」


 そう言って女主人が立ち去っていった。

 ……なんか妙な感じだったな。


「お、おまたせ……」


 そのうち冴山さんが部屋にやってきた。

 僕は気を取り直す。


「じゃあ取材に行く?」

「い、行く……」

「でも取材ってさ、具体的には何をするんだ?」

「わ、私の場合、訪れた土地の雰囲気・地形の把握、かな……写真いっぱい取るだけだから、観光と変わらないけど、ね……」

「なるほど。……そういえば、この離島を選んだ理由って何かある?」


 さっきも考えた通り、もっと有名な離島が近くにあるんだ。

 にもかかわらず、冴山さんはわざわざこっちを選んでいるのが気になった。


「あ、えっと……人がいっぱい居るところ、苦手だから……」


 確かに冴山さんはそういう理由で行き先を選ぶ人種か。

 でも何かこう……言い知れぬ違和感がある。

 ここを選んだ理由は本当にそれだけだろうか?

 冴山さんのお手洗いを待つあいだ、それとなくこの離島についてスマホで調べていたんだけど、奇妙なことにこの民泊の情報が一切なかった。

 情報を載せていないアナログ宿なだけかもしれないけど、じゃあそこに予約を入れることが出来た冴山さんは一体なんなんだ、という話にもなってくる。


「…………」


 ……怪しい。

 具体的に何がどうとは言えないけれど、僕は何か重要な情報を隠されていないか?


 そんな疑念を抱きながら、僕は冴山さんの取材に付き添い始めることになった。

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