第23話 踏み出し
アトラクション巡りを再開したあと、僕らは閉園時間まで楽しんでからホテルに戻り、ひとまずまったりタイムに突入している。
夕飯は園内で食べてきたから、あとはお風呂に入って寝るだけ。
個室に付いている浴室がどんなもんか確認してみると、
「あ……ジャグジーなんだ」
ちょっと広めの洗い場があって、奥には大人が3、4人入れそうなサイズの丸いバスタブがあった。底に気泡を出すための穴が幾つか空いている。やっぱりここって良い部屋なんだな、と風呂場を見て改めて思う。
「えっと、どっちが先に入る?」
「え……よ、芳野くんでいいけど……」
一緒に浴室を確認していた冴山さんはそう言った。
「わ、私が先に入ったらお湯に時雨菌が溶け出しちゃうから……」
「いやいや……別にそんなの気にしないから、先に入りたいなら全然いいよ?」
「し、時雨菌を気にしないでくれるんだったら……どっちが先とかじゃなくて、一緒がいい……かも……」
「!?」
な、なんだって……!
待て待て……なんかチュロスでの間接キスを普通に受け入れてくれたことも含めて、今日の冴山さんはなぜか積極的だ。
なぜなんだろう……。
いや、それは案外分かりやすいことなのかもしれない。
自惚れではなく、客観的に考えるならば……冴山さんは僕のことが好き……?。
意味深な言動の真意はそれ……?
その推理が合っている自信はない……。
冴山さんの心の中は、どんなミステリ小説よりも深い謎のように思える。
でも、真意はどうあれ……女の子が一緒のお風呂を要望しているのに断る男って、多分ダメなんじゃないかと思う。色んな意味で。
まして冴山さんの場合、それを言うために勇気を振り絞っていそうなわけで。
まぁだから、勇気を振り絞った感じでそう言ってくる時点で、だよな……。
やっぱり冴山さんは僕のことが……。
……痴漢から助けたりしたのがきっかけなんだろうか。
だとしたら、僕はあの日に勇気を振り絞って声を上げた甲斐があったのかもしれない。
「分かったよ……一緒に入ろうか」
本当に冴山さんが僕に対してそうなのかはまだ分からないものの、そうであることを願いつつ僕は応じた。
「い、いいの……?」
「いいよ。でも……冴山さんの身体に色々興味を向けてしまうかもしれないけど」
「べ、別に大丈夫……」
冴山さんは縮こまるようにうつむきながらもそう言ってくれた。
なんとなく、据え膳という単語が脳裏をよぎる。
なんにしても、僕らはひとまずジャグジーにお湯を溜め始めた。
そして溜まるまでのあいだ、なぜか衣服を脱がせ合うことになった。
なぜかと言いつつ理由はもちろんあって、けれどきちんとした理由かと言えばそうじゃない。
単に、僕が冗談でそれを提案したら「……いいよ」と言われ、そのままなりゆき。
うごご……。
照れ臭くて、気恥ずかしくて、緊張感がものすごい。
「ほ、ホントにいいのか?」
「う、うん……けど」
「……けど?」
「わ、私が先に脱がせてもいい……?」
ぬぁ……ここでもやっぱり冴山さんは積極的だ。
「ま、まぁ……別に良いけど……」
「じゃ、じゃあ……」
冴山さんが恐る恐る僕に手を伸ばしてきた。
そして僕の小学生みたいな半袖Tシャツに指が這わされ、脱がされる。
鍛えられちゃいない僕の色白な上半身があらわになって、冴山さんは続いて僕の半ズボンも脱がしてきた。
残すはもちろん下着のみ。
ボクサーパンツだ。
「し、下着も脱がせる……ね……」
「あ、待って……タオル準備するから」
それを巻いてからじゃないと大事故になってしまう。
「た、タオル……巻いちゃうの……?」
「そりゃ巻くでしょ……」
「み、見てみたい……」
「!? ……み、見てみたいって何を?」
「い、言えない……」
……とのことだが、もちろん十中八九アレのことだろう。
ここまでの積極性がお披露目されると、もはや疑いようもなくなってきた……。
「み、見て後悔しないか……?」
見たけりゃ見せてやるよ、って気分だけれど、お世辞にも綺麗なもんじゃないし、覚悟は問うておかないといけない。
「こ、後悔なんてしない、よ……」
「な、ならまぁ……お好きにどうぞ……」
僕自身も見せる覚悟は出来ている。
「う、うん……」
頷いた冴山さんがボクサーパンツに手を掛けてきた。
緊張が高ぶる中、僕は天命に身を任せる。
直後にはズルリと下ろされて、
「ひぎゃ……す、すごいね……」
と言われた。
……すごいつもりはないんだけど、すごいらしい。
「じゃ、じゃあ今度は芳野くんの番、ね……」
とのことで。
ふぅ、僕が脱がせる番か……。
冴山さんは白いワンピースというシンプルな格好なわけで、脱がすのは簡単そう。
腋のファスナーと肩紐さえ外せば、多分そのままストンと落ちる。
でもその前に、
「あのさ……ホントに脱がせて平気……?」
と確認しておく。
「へ、平気……で、でも芳野くんが私に興味ないなら、無理しないで欲しい……」
「あ、あるよっ」
ないわけがない。
ありまくり。
「冴山さんには興味しかないよ……だから脱がせてみたい」
「……っ、う、うん……じゃあお願い、ね……」
お願いと言われたら、やるしかない。
僕は冴山さんのワンピースに意を決して手を伸ばした。
ファスナーを下ろして、肩紐を外す。
すると目論見通りに――ストン。
冴山さんのワンピースは一気に床まで落ちていった。
そして、
「おぉ……」
可愛いとしか言いようのない白いレースの下着がお目見えした。
なんだか気合いが入っているような……。
……もしかして最初から見せるつもりだった?
ていうか……下着自体は可愛いんだけど、それを身に着ける冴山さんはやっぱり蠱惑的なんだよな。
胸が大きいし、腰元がきゅっとくびれているし、脚は長い。
下着姿を見られ慣れていないからか、冴山さんは恥ずかしそうに縮こまっているんだけど、そんな様子が無性にそそられ、僕は引き続き手を動かしたくなる。
今の僕がそうであるように、冴山さんのことも糸切れひとつ身に着けていない状態にしてみたいんだ。
「……し、下着、取っていいか?」
「う、うん……」
いいらしい。
「……た、タオルはどうする?」
「い、要らない……」
要らないらしい。
僕のを見たからには、という気概だろうか。
だったら僕としてはもはや遠慮が出来ない。
冴山さんのブラに早速手を伸ばした。
背中に手を回す。
ホック、上手く外せるだろうか。
「こ、これ……フロントホック……」
「!?」
罠かよ……っ。
くそ、恥かいた……。
背中に回した手をそそくさと正面に戻して、谷間部分にあるレースの装飾をそっとずらしてみると、確かにホックがあった。
よし……外すぞ……。
はあ、ふぅ。
緊張する。
このハラハラ感は、読む手が止まらないミステリ小説のクライマックスに突入したときの感じだ。
一体どうなってしまうんだ、と早く先が知りたくなって、手に汗握りながら読み進めるあの感覚。
今は冴山さんの胸が果たしてどういう感じなのか気になっている。
……外す。
外すぞ……。
自らに謎の気合いを入れながら、僕は直後にホックをぱつんと外した。
そして――
「ひぎゃ……」
冴山さんが恥ずかしそうな声を漏らしたのと同時に、いよいよそれがぷるんっ、とまろび出た。
うわ……すごい……。
僕はゴクリと喉を鳴らした。
母なる大地に急勾配の丘がふたつ。
その頂には綺麗な桜色の土地。
その先端はぷっくりと膨らんでいる。
ヤバい……どんな難解な謎を紐解いたときよりも達成感がすごい……。
「へ、変じゃない……?」
「すごく良いと思う……」
言いながら、僕は思わず下から支えるような感じで触ってしまう。
むにっとしていて、なおかつずっしり。
すごい……さっきからすごいしか言ってないけど、とにかくすごい……。
……僕の手は止まらず、冴山さんのショーツさえも脱がして、一糸まとわぬ状態の冴山さんと密着してみたくて、気付けば抱き締めていた。抵抗はされなくて、むしろ冴山さんも抱き締め返してくれたのが嬉しかった。
気になっていた女子とくっつけるなんて最高過ぎて、もはや何も言うことがない。
でも、こんなことをしているくせに気持ちをきちんと表明していないのはダサい気がする。
こんなことに付き合ってくれる冴山さんの気持ちはもう充分に把握出来たから、ここからは僕が踏み出す番だろう。
前に進むための言葉を、伝えるべきなんだ。
「あのさ……冴山さん」
「な、なに……?」
「僕……冴山さんのことが好きだよ」
変にタメは作らず、流れに任せて言った。
「冗談とかじゃなく、本気で」
「――っ」
冴山さんは驚いたように前髪カーテンの隙間から見える目を見開いているけど、僕がこういう状況に乗り気な時点で大体察しているところはあったのか、リアクションとしては大人しめだった。
「……こ、告白の相手……間違ってない?」
「間違ってないよ。僕は冴山さんが好きだ。好きだから痴漢から助けたし、居候の提案もしてみたっていう話であってさ……」
「芳野くん……」
「だ、だから、よかったら僕の告白に対する返事を聞かせて欲しい」
「わ、私も好き……」
返事は即座に訪れた。
冴山さんがそう言ってくれたのを聞いて、僕は一気にテンションが上がった。
考えていたことへの答え合わせ。
自分の推察が合っていたことに対する高揚感。
もちろん冴山さんに好意を示されたという単純な嬉しさが一番強い。
「……僕のことが好きになった理由って、痴漢の件がきっかけ?」
「も、元々気になってはいたの……私と似てる、って言ったら失礼だけど、1人で過ごしている芳野くんに勝手なシンパシーを抱いていて……」
「あぁ……言ってたね」
「そ、それで……痴漢から助けてもらったときに、こういうところで声を上げられる勇気ある人なんだって分かったら、そのシンパシーが一気に好きの方向に傾いちゃって……」
「……そうだったんだ」
どういう風に好きになってもらったのか、そこが割と気になっていた。
痴漢から助けたのがきっかけだろうとは思いつつ、どういう心情の変化があったのかが分からなくて。
でもそうか、僕は勇気を買われていたらしい。
「よ、芳野くんは……なんで私のことが好きなの……?」
「えっと……僕の中の隠れモテランキングで勝手に不動の1位にしてて……」
「ふぇっ」
「本当にずっと、良いなって思っていたんだ……」
全体的にミステリアスなあの子は一体どういう趣味嗜好なんだろう。
中身を知ったら意外な一面があったりするんじゃないか。
そういう部分で気になっていて、ずっと興味を惹かれていた。
「ごめん……勝手に変なランキングの1位にしてて……」
「う、ううん……芳野くんの1番になれるのは、嬉しいから」
そう言って僕を改めてぎゅっと抱き締めてくれる冴山さんは天使だと思った。
「えっと、じゃあ……好き同士ってことで、僕と冴山さんはお付き合いが始まる感じで大丈夫……?」
「よ、芳野くんが本当に良いなら……」
「良いに決まってるよ……だから、その……これからもよろしく、冴山さん」
「こ、こちらこそ……」
恥ずかしそうにしている冴山さんは、しかし顔をうつむけずにちょっと上向けてくる。これはもちろんそういう合図だと思って、僕はキスをした。身体同士が密着していることも合わさって、本当にもうたまらない。
「よ、芳野くんの……さっきからすごい、ね……」
唇を離したところで照れ臭そうに告げられた。
……多分、冴山さんのお腹辺りにずっと当たっている利かん坊を指しての言葉だ。
「ご、ごめん……」
「う、ううん……女としては嬉しい、し……い、いきなりえっちは怖いけど、手とかでなら……」
「――っ、い、いいの……?」
「う、うん……」
うおぉ……僕の彼女はサービス精神旺盛なようだ……。
そんなこんなでこの日はジャグジー風呂を堪能しつつ、冴山さんの手も堪能することになった。
夢の国で何やってんだ、って話なんだけど、記念すべき交際記念日なのでどうかネズミさん寛大な心で見逃してくださいお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます