第22話 菌交換
「す、すごい部屋、だね……」
「……ああ」
電車で1時間程度の移動を挟んで、僕らは某夢の国にやってきた。
まずは今回1泊するリゾート内ホテルにチェックインを行い、僕らの泊まる部屋に顔を覗かせている。
冴山さんの言う通りすごい部屋だ。
夢の国のキャラクターを模した壁紙だったり、ベッドシーツだったり、椅子なんかもそうだけど、本当にもう夢の国仕様。
その仕様がなかったとしてもかなり豪奢な内装だ。
チケットの価値については結局調べてないけど、これはひょっとしたら僕が思っている以上に相当良いチケットをもらったのかもしれない。
高校生が泊まっていい部屋じゃない気がする。
……ていうか、今更だけど当然のように冴山さんと同室で泊まるんだよな。
だ、大丈夫だろうか……。
「あ、当たり前だけど同室、だね……」
冴山さんもそこに焦点が行っているようだ。
一緒に暮らしているのに僕らはそんなところを気にしてしまう。
ベッドがツインだからまだいいけど、これがダブルベッドひとつの配置とかだったら死ねるところだった……。
「ま……とりあえず遊びに行こうか」
「う、うん……」
ひとつ言えるのは、この部屋で休むことがメインじゃない。
とりあえず同室なことは忘れて、僕らは荷物を置いてから園内に繰り出した。
「す、すごい人だかり……」
「だな……」
早速突入した園内で僕らは思わずうんざりしそうになった。
レベル100の混み具合。
それだけならまだしも、
「よ、陽キャしか居なくてまぶしい……ね……」
冴山さんの言う通り、家族連れやカップルが多すぎて目がくらむ。
でも傍から見れば僕らもそんな陽キャの一角なのかもしれない。
僕の右手が唐突にそっと握られたのは、そう考えていた直後のことで――
「――っ!?」
右手を握ってきたその手の主は、もちろん隣に居る冴山さんだった。
「ど、どうかした……?」
突然の行動に理解が追い付かない。
嬉しいけど、どういうつもりだろうか……。
「は、はぐれたら大変……だから……」
「あ、ああ……そういうこと……?」
「そ、そういうこと……」
「な、なるほど……」
はぐれ対策……手を繋ぐのは気恥ずかしいが、実際対策としてはこれが一番だもんな。
そう考えながら、僕も冴山さんの手をそっと握り返してみると、
「……ひ、ひぎゃ」
「あ、痛かった……?」
「う、ううん……ちょっとびっくりしちゃっただけ……」
照れ臭そうにうつむく冴山さんがいじらしい。
傷付けたわけじゃなくて良かった……。
にしても、冴山さんの手ってこうして触るとスベスベだ。
そんな手を堪能するようにニギニギしてみると、冴山さんも呼応するようにニギニギし返してくれた。
た、たまらん……けど、恋人じゃないんだから自重しよう。これじゃ変態だ。
ともあれ……、
「……じゃあ色々回ろうか」
「う、うん……楽しまないと損、だもんね」
その通り。来たからには楽しまないと。
そんなわけで、僕らは慣れない手繋ぎ状態に赤面し続けながら、アトラクション行脚を開始したのである。
※
僕と冴山さんの夢の国歴は、互いに中学の修学旅行で1回来たことがあるだけだった。
そのときに乗れなかったモノを重点的に乗る感じで意見をすり合わせ、幾つかのアトラクションを堪能したのちに現在はお昼休憩中である。
レストランはどこもいっぱいで入れなかったため、外のキッチンワゴンでチュロスを買ってベンチに座って食べている。
並べばレストランでの食事には有り付けたと思うが、その分アトラクションに掛けられる時間が減りそうだったからこうした。
「こ、こんなハイカラなモノ食べたら……身体が陽キャ菌に蝕まれそう……」
チュロスをもぐもぐしながら冴山さんがそんなことを呟いていた。
フレーバーは僕のがシナモンで、冴山さんのは中にクリームが入ってるっぽい。
人のモノってやたらと美味しそうに見える不思議。
シナモンもいいけど、クリームも食べてみたいな。
「よ、良かったらひと口……食べる……?」
おっと……僕の物欲しい視線がバレたようだ。
「……いいのか?」
「し、時雨菌……たんまり付いてるけど、それでもいいなら……」
ん……、と食べさしのチュロスが差し出される。
ま、待て待て……時雨菌がどうのこうのと言っている割に、その時雨菌をたんまり摂取出来ちゃいそうな部分を向けてくるのは一体どういう了見なんですかね……?
い、いいのか? 摂取してしまって……。
冴山さんの表情を窺ってみると、試すようにジッと前髪カーテンの隙間から綺麗な瞳が覗いていた。
なんとなく、言外に「食べて」と言われているような気がして。
僕は元より食べる気の方が強かったから、直後には遠慮せずにいただいていた。
「し、時雨菌……気持ち悪いって思ったらぺっ、ってしてね……」
気持ち悪いだなんてとんでもなかった。
僕は無駄に満足している。
間接キスなんていちいち意識する方がキモいんだけど、それでも妙な達成感を感じずにはいられなくて。
せっかく貰ったチュロスの味には、正直意識が向かなかった。
「そのチュロス……今度は芳野菌が付着したから気を付けて」
そしてそんな忠告を行ったところ、
「き、気にしない、よ……」
冴山さんは僕が食べた部分を普通にかじってみせた。
「わ、私……芳野くんのことなら全部、受け入れられる、から……」
「……っ」
な、なんだかとんでもないことを言われた気がする……。
けど、日本語という美しい言語が時にえっちで意味深に聞こえるのは百も承知だ。
きっと他意はないんだよ、うん。
言葉の綾というヤツであって。
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