第21話 おでかけ
「じゃあコレ、約束のペアチケットな」
「うん、ありがとう」
翌日の昼休み。畑中くんから廊下に呼び出された僕は、ひとつのチケット用封筒を手渡されたところだ。妹さんの身辺調査に対する報酬、である。
「遊園地のペアチケット、だっけ?」
「ああ、誰かと行けばいいし、相手が居ないなら売っちまってもいい。芳野の好きにしてくれ。妹のことがある程度知れてスッキリ出来たからな」
「そういえば……妹さんとそのことについて話したりはした?」
「一応、どうやって出会ってどこまで進んでんのかだけは聞いてみた」
「……結果としては?」
「SNSで知り合ったんだと。なんかのアニメの話題で意気投合したらしい」
へえ、時代だなぁ。
「ちなみに、ヤることをヤったりはしてないんだとさ。彼氏は彼氏でも、まだ付き合ったばかりでそこまでの仲じゃないらしい」
「なら良かったじゃないか」
「ああ、そうやって踏み込んで聞けたのも芳野が先に踏み込んでくれたおかげだ。だからそのチケットは有意義に使ってくれ」
じゃあな、と畑中くんは上機嫌に走り去っていった。
役に立てたようで良かった。
とりあえずめでたし、だろう
さて……それはそうと、遊園地のペアチケットを貰えたわけだ。
洒落た封筒を開封してみると、夢の国の1Dayパスと、リゾート内ホテルへの1泊2日チケットがセットになったモノが2人分入っていた。
……これ、普通に数万円分の価値あるよね?
昨日の活動時間って待機分合わせても2時間程度だから、破格すぎる。
「……このチケットは僕にとって本多忠勝だな」
過ぎたるもの、ってことだ。
お前がそんなん持っててどうすんの、って皮肉られた家康の気分。
豚に真珠。
猫に小判。
彼女が居ない僕にとってこのチケットの最も優れた使い道は換金だろう。
でも一応、冴山さんに声を掛けてみようと思う。
冴山さんと一度しっかりと遊びに行ってみたいから。
……まぁ、冴山さんのインドアな性格的にお断りされる可能性が高いけども。
ともあれ、お昼がまだの僕は教室に戻り、冴山さんお手製弁当を持ち出し、いつもの非常階段に向かった。
「あ……さ、先に食べてたから」
すると、踊り場の一段手前の段差に座る先客が居た。
言うに及ばず冴山さんだ。
別にそうしようって決めたわけでもないのに、いつの間にかここで一緒にお昼を過ごすのが当たり前になってしまった。
もちろん嬉しい。
隣に腰掛けて、僕も弁当を開け始める。
「は、畑中くんに何か呼ばれてた、よね?」
「あ、うん。報酬を貰ってきたんだよ」
弁当をもそもそ食べている冴山さんにそう告げ返す。
「ど、どんな報酬?」
「えっと、遊園地のペアチケット」
「だ、誰かと行くの……?」
前髪カーテンの隙間から綺麗な瞳がちらりと覗いてくる。
「まぁ、その……」
問われた僕は言い淀む。
冴山さんと一緒に行ってみたいんだけど、ってすんなり言えれば苦労はしない。
陰キャは言いたいことが言えない。言葉に出来ない。心の中に小田和正を飼っているんだ。親父がよく聴いていたっけ。
でもここで言葉に出来ないと後々後悔しそうだから、僕は意を決することにした。
「……あのさ」
「な、なに……?」
「さ、冴山さんが迷惑じゃなければ、ペアチケットの相手になってくれないか?」
「ふぇっ……」
いきなりの誘いに驚いたのか、冴山さんはびくりと飛び跳ねていた。
その衝撃で前髪カーテンが一瞬だけオープン。
あら可愛い。
「わ、私をペアチケットの相手にしたいって、ど、どんな思惑で……?」
「そ、そりゃ単純にもっと仲良くなるためというか、親睦を深めたいというか……」
「ま、マニアックだね……」
マニアック……冴山さんは相変わらず自分をゲテモノ扱いのようだ。
「わ、私と行ってもつまんないと思うよ……?」
「いや、僕はそうは思わないよ……むしろいざ実行した場合、冴山さんの方がつまらなく感じるのかな、と……」
「そ、それはない、よ……だって芳野くんと一緒に暮らすの、つまらないって思ったこと一度もないから……」
冴山さん……。
「だ、だから……芳野くんが本当に私と行きたいなら、私は別に……」
「……ホントに?」
「う、うん……私としては換金がオススメだけど……」
「いや……そういうことなら行こう。行って欲しい」
「う、うん……いいよ……」
冴山さんは恥ずかしそうに縮こまりながら頷いてくれた。
このときほどの達成感は、僕のこれまでの人生にはついぞなかったモノだった。
「じゃあ今週末でいい? ……締切が忙しいとかなら変えるけど」
「だ、大丈夫……余裕あるから……」
「じゃあ、今週末で」
「う、うん……」
かくして夢の国への外出が決定し、2日後にはその今週末がやってきた。
土曜の朝、僕は身支度に励んでいる。宿泊の荷物をまとめるのは当然として、何を着ていくか迷ってクローゼットを漁りまくり。
デートと言っていいのかは分からないけど、変な格好は出来ない。
でも今日の気候は夏日だから、シンプルに半袖半ズボンでいいと思う。
けど……以前母さんに買って貰った子供っぽいデザインの服しか持ってないのがマズいんだけど、――ええい、ままよ。
陰キャは陰キャらしくママのセンスにすべてを委ねるんじゃい!
そんなこんなで夏休みの小学生みたいな格好でリビングに降りた僕である。
するとそこには先に支度を整えた冴山さんが居たんだけど――
「!?」
僕は冴山さんの姿を捉えた瞬間、目を見開いてしまった。
冴山さんは基本的に家だとラフな部屋着ばかり着ていて、買い物に出掛ける場合も部屋着にパーカーを羽織るだけのファッション無頓着人間。
けれど本日の冴山さんは――
「ら、らしくない格好だから……あんまり見ないで……ね……」
真っ白なワンピースに小洒落た麦わら帽子を合わせたお清楚スタイルだった。
シンプルゆえに着る人をめちゃくちゃ選ぶ格好だけど、超が付くほどに均整の取れた身体の冴山さんにはとても似合っている。ボタンタイプじゃない服を着るときは猫背にならないように気を付けている部分もあるようで、スタイルの良さが際立っているから尚更だ。
普段の冴山さんはこんな格好をしないことを考えると、僕との外出のためにおめかししてくれた、ってことなんだろうか。……感慨深い。
「へ、変だよね……」
顔は相変わらず前髪カーテンに隠れた状態で、冴山さんは恥ずかしそうに縮こまっている。
「いや、変じゃないよ。か、可愛いと思う」
「……っ、あ、ありがと……」
あせあせと縮こまったまま照れ臭そうに応じた冴山さんは、それからちらりと僕を見て、
「よ、芳野くんこそ……涼しげでいい、ね……」
と言ってくれた。
冴山さんに褒められるのは、お世辞でも嬉しかった。
「あ、ありがとう……えっと、じゃあ……行こうか?」
「う、うん……夢の国、楽しみだね……」
意外にもこの日を待ち遠しく思ってくれていたんだろうか。
それなら誘った甲斐があったというもの。
あとはきちんと楽しい時間に出来ればいい。
そんな考えのもと、僕たちは甲高い声で笑うネズミの支配地へと出向くのだった。
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