第20話 似て非なる
『び、尾行開始、だね……』
「ああ」
午後5時30分過ぎ。
ファストフード店2階から監視を続けていた僕らの前に、畑中くんの妹さんが現れたので店を出て尾行を開始している。
駅前通りを歩行中。
僕と冴山さんはバラけて2方向から妹さんのあとを追っている。
一応LINE通話を繋げっぱなしにしていて、いつでも話せる状態だ。
……さて、現時点で妹さんは1人で行動中だ。
近隣の中学の制服を着ている。
『ど、堂々と中学の制服を着たまま、の時点で、パパ活ではなさそう、かな……?』
冴山さんがふとそう言った。
「中学の制服でラブホに入れば、監視してる従業員に止められる可能性があるから、ってこと?」
『う、うん……妹さんはそれを考慮してない格好だから……』
「確かに。でもネカフェのカップルシートに入る可能性とかもあるよ』
「そ、そうだね。あとは季節的に外でする可能性もなくはない、かも……じ、自分で言ってて思ったけど、パパ活の可能性はまだ捨てきれない、ね……」
「ああ。現状だとなんとも言えない」
パパ活の可能性もあれば、単にバイトに行こうとしてるだけ、というほのぼのエンドの可能性だってありえる。
「ちなみにだけど、冴山さんならこの状況、どう調理する?」
『み、ミステリ作家として、ってこと?』
「そう。秘密を持つ妹と、その秘密を知りたがってる兄。レインならどう取り扱うのか知りたいんだ。現状を早めに紐解くヒントになるかもしれないし」
『そ、そうだね……私なら、畑中くんを信頼出来ない依頼者にする、かな。話としてはその方が面白そう、だから』
「信頼出来ない依頼者?」
『た、たとえば……私たちが今尾行しているあの妹さんって、畑中くんが妹だって言っているだけであって、私たちはあの子が本当に畑中くんの妹さんなのか判断が付かない、よね?』
「……っ。なるほどそういう視点か」
僕らは自然と畑中くんを信頼出来る依頼者として考えているものの、実は僕にウソをついて真の目的を隠している可能性がある、ってことだ……。
「……冴山さんの考えとしてはつまり、畑中くんとあの子は実は赤の他人で、畑中くんがあの子の放課後の動きを知りたいとかそういう事情で、僕らにストーカー行為の片棒を担がせている可能性がある、って言いたいのか?」
『そ、そう……もちろん私が物語を作るならそうする、ってだけの話ね……でも実際、あの子が妹さんだっていう証拠はないし……もしかしたら芳野くんは、畑中くんの個人的なストーキングを手伝わされているのかも、しれないよね?』
……ありえない、と断じることは出来ないよな。
だって僕と畑中くんは別に親しくないから、そういうウラの目的に利用するために依頼を持ちかけられた可能性があるわけだ。
そう考えたら……畑中くんの依頼が一気に胡散臭く思えてきたなぁ。
「……もうさ、直接あの子に確かめに行ってみようか」
『ほ、ホントに妹さんですか、って?』
「そう」
もし妹じゃないなら、こんなのはストーカー行為のお手伝いだから引き受けてはいられない。
もし本当に妹なら、彼女の口から放課後遅くまで何をしているのか直接聞き出せばいい。
まどっろこしい尾行は要らない気がしてきた。
『ち、力技だけど、ストーカーの片棒を担いでいる可能性を考えると、こうして尾行しているのが正しいことではない、もんね……』
「そうなんだよ。行こう」
ミステリを読んでいても、探偵は大体臨機応変に動くものだ。
凝り固まった考えで行動していても答えにはたどり着けない。
時には強引な動きも必要だ。
そんなわけで、僕らは妹さんのすぐ後ろまで足早に迫った。
そして、
「――畑中さんですか?」
と呼びかけてみた。
これに振り返るようなら妹、無反応なら他人確定。
結果としては――
「え……はい、そうですけど」
黒髪おさげのその子は足を止めて恐る恐る僕らを振り返ってくれた。
ってことは……一応ガチで妹?
待て待て……念には念を入れて確かめないと。
「確認なんだけど……君は畑中タケルくんの妹さん、で合ってる?」
「はい……合ってますけど」
うおい……ガチの妹かよ。
僕らは深読みし過ぎていたんだな。
まあまあまあ。
うん、まあそれはそれでいいんだよ。
というかそれを望んでいたから安心した。
畑中くんがストーカーの片棒を担がせる変態野郎じゃなくて良かった、って話だ。
「えっと……どちら様ですか?」
急に身元を聞かれた妹さんは混乱しているようだった。
そりゃそうだ、きちんと事情を説明しないといけない。
「実は、僕らはお兄さんの同級生なんだ。お兄さんが君のことを心配していて、その……」
「あー……はい、大体察しが付きました。恐らく、私が夜遅くまで何をしているのかさぐりに来たんですよね? 兄に頼まれて」
「そ、その通り。で、まぁ、お兄さんは君のことで安心したいみたいでさ、放課後に何をしているのか素直に教えてもらえたりしない……?」
「パパ活してるんで安心させられないですよ?」
!?
「これからパパのマンションに行くところなんです」
「え……ま、マジでパパ活なの……?」
「すいません、冗談です」
!?
「でも、パパ活に近いことではあるので」
「ど、どういうこと?」
「そこのマンションに住んでいる社会人の彼氏に会いに行くところ、なんですよ。最近帰りが遅いのはその影響ってことです」
「あー……」
なるほど……社会人の彼氏か。
会うとなるとこのくらいの時間からになるんだろうし、それで夜遅くまで……。
そっか、言われてみれば納得だ……。
「まぁ……それなら別にパパ活と近いことじゃないと思うよ。似て非なるというか」
「そうですかね。ありがとうございます」
「えっと……それで、お兄さんは素直な実態を知りたいっぽいんだけど、これって教えても大丈夫?」
「まぁ、隠すのも面倒になってきたんで、そうですね……いつまでもシスコンを拗らせている兄を成長させるチャンスかもしれませんし、教えてもらって構いません」
「そっか……分かった。ちなみにその彼氏って若め?」
「はい、新卒の方です」
……だったら10歳も離れていないだろうし、互いに許容範囲なんだろうな。
「じゃあもういいですよね? 失礼します」
妹さんはぺこりと一礼してスタスタと歩き去っていった。
ううむ……オマセな真相だったか。
※
『――しゃ、社会人の彼氏……!?』
その後、帰宅してから畑中くんに連絡を取ったらそんな反応が返ってきた。
シスコンにとっての試練のときだ。
『……マジなのか?』
「ホントだよ。妹さんはいつもその彼氏のもとに行ってて夜遅いって話だった」
『そっかぁ……彼氏かぁ。しかも社会人……』
聞くからに落ち込んでいる声色だ。
けれど直後には『ま……』と気を取り直すようにひと息吐き出し、
『……パパ活じゃないだけマシかもな』
「僕もそう思うよ。新卒の若い人みたいだし、オッサンとイチャついてないだけ良いんじゃないかな」
『だな……ともあれ、面倒を引き受けてもらえて助かった。パパ活じゃないならそれでいい……それでいいけど、はあ……』
妹に彼氏が居た傷は深そうだ。
でも「それでいい」と言える辺り、良い兄貴なんだろうな。
『よし……じゃあまぁ、報酬のペアチケットは明日学校で渡すってことで』
「了解」
『じゃ、本当にありがとうな』
そんなこんなで通話が終わる。
とりあえずミッションコンプリート。
僕は部屋着に着替えてからリビングに向かった。
「ほ、報告、終わった?」
「終わった。ひとまず無事に」
キッチンで調理中の冴山さんにそう告げる。
今日は中華の日のようで、フライパンで麻婆豆腐を作っていた。
格好は相変わらずラフで、裸族の片鱗が透けて見える。
調理中は前髪を上げるから、僕は毎度のようにそこを直視はしなかった。
「に、にしても、社会人の彼氏って……すごい、ね」
畑中くんの妹さんの話題。
冴山さんはどこか感嘆しているようだった。
「冴山さんも……もし恋人を持つなら社会人がいいのか?」
気になってそんなことを訊いてみた。
すると冴山さんはもにょもにょと縮こまった気配を放出しつつ、
「わ、私は……私と同じような歳の、同じような属性の人がいい、かも……」
とのことで。
え……それはなんだろう……僕とか?
いやいや自惚れるな。
きっとそういうことじゃないさ。
「まぁ、なんというか……冴山さんならきっといつか、ちょうどいい人が見つかるんじゃないかな」
「(も、もう見つかってる、から……)」
「え?」
「な、ななななんでもないっ……! ――ひぎゃあ! 豆板醤と間違えてイチゴジャム入れちゃった……!!」
……どんな間違いだよ。
なぜか勝手に慌ただしくなって、らしくない間違いを犯した冴山さんに対して、僕は苦笑する他なかった。
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