第19話 依頼
「なあ芳野、ちょっといいか?」
「え」
6月も下旬に差し掛かったとある平日の放課後。
帰り支度を整えていた僕のもとにやってきたのは、長身茶髪パーマイケメンの、僕が先日冤罪を晴らしてあげた畑中くんだった。
畑中くんが話しかけてくるのは珍しすぎる。
というか初めて。
僕は借りてきた猫みたいにジッとしつつ、
「えっと……何か?」
「実はお前を名探偵と見込んで頼みがある」
「え」
「まぁ今回は推理が要るようなことじゃないんだが、是非また解決して欲しいことがあるんだ。手を貸してくれないか?」
畑中くんの表情は切実だった。
「タダでとは言わない。遊園地のペアチケットやるからさ」
「……遊園地のペアチケット?」
「ああ。親父の貰いモンなんだけど、俺今フリーだから要らんし。芳野が誰かと行ってくれればいい」
……って言われても、僕にだって行く相手は……。
いや……冴山さんを誘えば一緒に行ってくれるんだろうか。
どうなんだろう……冴山さんって遊園地苦手そう。
まぁでも、もし誘ってダメだったら金券ショップに売る手段もあるし、そのペアチケットをもらっておいて損はないか……。
「……分かったよ。じゃあひとまず相談内容を聞かせて欲しい」
「なら、このあと廊下の端に来てくれ」
場所を変えるらしい。
僕は帰り支度を整えてから廊下の端に向かった。
すでに畑中くんが待機中だった。
「じゃあ話すぞ。相談内容っつーのは簡単に言うと、最近俺の妹の帰りが遅いから何やってるかさぐって欲しい、ってことなんだ」
「妹さんの帰りが遅い?」
「そう。なんか怪しいな、って思ってる」
「……それって、自分でさぐればいいんじゃないのか?」
報酬を出してくれるんだから引き受けるのはやぶさかじゃないけど、その程度なら僕に依頼するまでもないような。
「それはもうやったんだよ。そんで尾行中にバレた」
……失敗済みだったか。
「なんとか誤魔化したものの、もっかい見られたらおしまいだ。俺は妹に嫌われたくない。だから芳野に託したい。妹は中坊だから、芳野は面識ねーし、ある程度堂々と尾行しても大丈夫なはずだ」
「……事情は分かったけど、妹さんは具体的にどう怪しいのさ」
「夜9時くらいまでこの街の駅前でなんかしてるらしい。……パパ活だったら死ねる」
そう呟く表情は心配の感情が滲み出ていて、結構シスコンなんだなぁ、って感じだ。
「頼む芳野……とりあえず妹が何をしてんのか突き止めてくれないか」
「分かったけど……仮に変なことをしていたらそれを止めるまでやった方がいいの?」
「出来るならそうしてくれていい。でも無理はすんな。ひとまず何してんのかさえ分かりゃそれでいい」
「分かった」
その後、妹さんの画像データを受け取った。
畑中くんと違って派手さのない黒髪おさげの地味子だった。
でも品がある。
確かにこんな子が夜遅くまで出歩いているのは心配だ。
そんなこんなで、僕は駅前に向かった。
今回は謎解きではないけど、まぁ実際の探偵ってこんなもんらしいよな。
「よ、芳野くん……」
「あ、冴山さん」
駅前を見渡せるファストフード店の2階窓際カウンター席で小腹を満たしながら張り込みを始めていると、肩がちょいちょいと叩かれたので振り返ったら冴山さんだった。
「な、何してるの? なんか……畑中くんから声掛けられてた、よね?」
「あ、うん、実は――」
かくかくしかじか。
僕は冴山さんに今回の事情を説明した。
「は、畑中くんの妹さんが駅前で夜遅くまで何をしているのかさぐる依頼……?」
「そう。だから妹さんが現れるのをここでひとまず待ってるところ」
妹さんが現れ次第、尾行するつもりだ。
「わ、私も一緒にいい……?」
「冴山さんも?」
「うん……興味、あるから」
ミステリ作家としての好奇心だろうか。
「監視の目は多い方が助かるし、じゃあお願いするよ」
「うん……任せて」
冴山さんにも妹さんの画像を見せて、出現に備えてもらう。
「ぱ、パパ活、なのかな……?」
「妹さんのやってることが、ってこと?」
「うん……もしパパ活だとしたら私には理解出来ない、けど……それって私が恵まれているから、だよね……」
良家のお嬢様な挙げ句ミステリ作家。
恵まれた人生なのは確かだ。
パパ活に走る選択肢が浮かびようもないのは当然だろう。
「でも畑中くんちも貧乏じゃないと思うんだよ」
畑中くんの身なりはきっちりしている。
画像を見る限り妹さんも地味だけど品がある。
外見にお金を掛けられるだけの下地があるってことは、生活の水準が高いってことだ。
そんな環境で妹さんがパパ活に走る意味はあるだろうか。
「お、お小遣いじゃ足りない高額なモノが欲しい、とか……」
「それはあり得るけど……どうなんだろうね」
そもそもパパ活を前提として考えるのは違う。
まったくそうじゃない可能性も高いわけで。
「とにかく……妹さんをきちんと尾行出来れば分かることだよ」
「そ、そうだね……」
僕はポテトをつまむ。
すると冴山さんが物欲しそうに前髪カーテンの隙間から瞳を覗かせていたので、
「……食べる?」
と差し出してみた。
「い、いいの?」
「いいよ。1人でモタモタ食べてたら妹さんが現れたときすぐに対応出来なくなるかもしれないし」
「じゃ、じゃあ……お言葉に甘えて……」
あむっ、と冴山さんが僕の手からポテトを食べた。
おー、なんだかペットみたいで可愛い。
僕はその後も待機のあいだ、冴山さんをポテトで餌付けし続けた。
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