第18話 そういう種族
「――ひぎゃあ!!」
!?
とある夜のことだった。
僕が自分の部屋で読書に耽っていたら、隣室からそんな悲鳴が聞こえてきて驚いた。
な、なんだ……?
僕は慌てて読書をやめると隣室に向かった。
「――冴山さんどうかしたっ?」
良からぬ状況になっていたら大変なので、ノックもせずに飛び込んだ。
すると――
「よ、芳野くん助けて……っ」
冴山さんがベッドの上で及び腰になって壁際にへばりついていた。
何かに恐れて逃げたような体勢だ。
……まさか。
「で、出たのか……?」
「う、うん……」
冴山さんがコクコクと頷いている。
「い、今はベッドの下に入り込んでいったから見えないけど、い、居るよ……」
「まぁ……そういう季節だもんなぁ」
これから夏にかけてヤツらの姿をよく見かけるようになるシーズンだ。
北海道には居ないって聞くけどマジなんだろうか。
「にしても……今シーズン第1号が2階で出るのは怖いな……」
せめてキッチン周りなら分かるんだけど……。
「とにかく……アレを使うしかないか」
戸棚からバル○ンを持ってきて、冴山さんの部屋でお焚き上げ。
ひとまず僕の部屋に避難してもらった。
「今夜は多分あの部屋で寝ない方がいいと思うから……どうする? 僕がリビングで休んで冴山さんはここ使う?」
冴山さんに普段使いしてもらっている部屋は親父と母さんの寝室だ。
居室として他に使える部屋は僕の部屋と、親父の書斎と、リビング。
その中だと親父の書斎は主に本棚に圧迫されているせいで寝具を敷くスペースがないから休むには適さない。
「わ、私がリビングでいいよ……」
「いやダメだって。客人をリビングには追いやれない」
「わ、私だって家人をリビングに追いやるような真似、したくないよ……」
「でもじゃあ……どうするのさ」
「こ、ここに布団を敷いて私がそこで休めばいい、よね……? 芳野くんは普通にベッドで休めば……」
「……っ」
こ、この部屋で2人一緒に休む、だと……。
……まぁそれがお互いの意見を一番汲むことになるけども。
しかし……、
「そ、それは大丈夫なのか、色々……」
「わ、私は別に大丈夫……で、でも芳野くんがこんなクソ陰キャと同じ部屋で寝たくないっていうなら……」
「そ、それはないよ!」
どうやら僕がここで一緒に寝ることを拒絶すると冴山さんをネガネガ思考に陥れてしまいそうだ。
……か、かくなる上は……。
「分かった……じゃあこの部屋で一緒に寝よう」
そうするしかなさそうだった。
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして……」
でも寝るにはまだ若干早い時間帯。
風呂は済ませてあるので、僕らはひとまずくつろぎ始めた。
僕は読書を再開。
冴山さんに関しては、避難させたノートPCで執筆作業に取りかかっていた。
何気にミステリ作家レインの執筆を見られるという素晴らしい状況だ。
僕は決して邪魔しないように時折眺めるだけ。
ローテーブル上のノートPCと向かい合う冴山さんは雰囲気がいつになく真剣だ。
執筆時はこうなるのがプロフェッショナルって感じでカッコいい。
一方で、ぺたんと座る姿が可愛らしくもある。
格好はいつも通りにラフで、上は白地の半袖、下はホットパンツ。
生足が蠱惑的で、胸元の膨らみもなまめかしい。
でもあまり見ていたら失礼だから目を逸らして読書に集中。
やがて気付けば、日付変更時刻が迫っていた。
「……そろそろ寝る?」
「う、うん……」
クローゼットから冴山さん用に布団を引っ張り出して、僕らは休むことになった。
のだけど……いざ電気を消してベッドに横たわっても頭がギンギンに冴え渡って眠れないという……。
原因はもちろん、すぐそこに冴山さんが居るからだ。
「よ、芳野くん、あの……」
そんな中、冴山さんに声を掛けられた。
続く会話によって僕はますます眠れない事態に陥ってしまう――。
「……どうかした?」
「ぬ、脱いでもいい……?」
「え……?」
ぬ、脱ぐとは……?
「わ、私……寝るとき裸じゃないと寝られなくて……」
「!?」
――なんだそれは……!
「ぬ、脱いじゃ、ダメ……?」
「え、えっと……それは……」
いやいや待て待て。
冴山さん……君って人はひょっとして居候を始めてからずっとそうだった、ってこと?
えっち過ぎる……。
「だ、ダメってことはないけどさ……」
「けど……?」
「ぼ、僕の前だってこと分かってる?」
「わ、分かってるけど、芳野くんの前でなら別にいいかな、って……」
なんで僕の前でならいいんだ……。
陰キャに見られてもノーダメってこと……?
「も、もちろん芳野くんがダメって言うなら我慢して寝るけど……」
「い、いやそういうことなら僕リビングに行くからお好きなように脱いでもらって……」
「よ、芳野くんをリビングに追いやるくらいなら、ぬ、脱がずに我慢、する……」
む、無駄な優しさ……。
となると、冴山さんに安眠の裸族スタイルを貫いてもらうには、僕がこのままここで寝て、冴山さんを脱がせるしかない、のか……。
そ、それって絶対マズいと思うけど、まぁ僕が冴山さんの方を見なきゃOKか……。
「……わ、分かったよ冴山さん」
「え」
「僕あっち向いて寝るから、裸族モードでどうぞ……」
「い、いいの……?」
「い、いいよ……」
そう言って僕は壁際に寝返りを打った。
これでいい。
これでいいんだ……。
「あ、ありがとう……じゃあ脱ぐ、ね……」
しゅる、しゅるる、と衣擦れの音が木霊し始めた。
今振り向けばあられもない冴山さんを拝むことが出来る。
……なんという生殺し。
僕はこのあと当然のように眠れなくなって、冴山さんは熟睡。
しかも途中――
「……むにゃにゃ……」
そんな寝息と共にベッドに上がり込んできて、僕にむにっと接触してきたんだ。
これにはもう辛抱たまらず、僕は起き上がってリビングに即時避難。
逃走間際に垣間見えた豊かな双丘に悶々としつつ、ソファーに寝転がって必死に目を閉じた僕なのであった……。
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