第16話 無理は禁物
「冴山さん、猫背を治してみない?」
「ふぇ?」
あくる日の朝食中、僕はちょっとお節介なことを言っていた。
前々から気になっている冴山さんの猫背。
せっかくのスタイルが台無しだから、もし支障がないなら治したらどうか、と思っているんだ。
「猫背って腰痛の原因になるらしいしさ、執筆活動してる人間がそうなったら地獄だよ? 椅子に座ってることすら辛くなるかもしれない」
「そ、それは困る、ね……」
制服姿でモソモソとトーストをかじっている冴山さんは、相変わらず目隠れの状態でもある。可愛い顔が隠れているのは勿体ないけど、これはこれで良いモノだからこのままで。
「ち、ちなみにだけど、私の猫背を治したい理由って……単に私の健康を気遣ってのこと?」
「そうだよ」
「ほ、本当は……お、おっぱいがまともに強調されてるところを見たいだけ、なんじゃないの……?」
「――っ、い、いやそんなことは……」
と言いつつ、実はまともに強調されたFカップが見てみたい僕です……。
これが新進気鋭のミステリ作家レインの洞察力か。
恐るべし……。
「あぁそうさ……」
図星を突かれてなお誤魔化しを図るのは愚かしい。
だからミステリ読者の僕としては、みっともなく足掻くんじゃなくてカリスマ性のある犯人みたいに開き直ってみた。
「僕はね冴山さん……冴山さんの胸に興味がないって言ったらウソになるよ」
「そ、そうだよね……わ、私に視線寄越すとき、絶対おっぱいにワンクッション視線を置くもんね……?」
「……うん」
「え、えっち」
……至極の罵倒に感謝。
「わ、私みたいなクソ陰キャのおっぱいに興味があるなんて……芳野くんは悪趣味、だよ……」
それは多分己を卑下したセリフでもあるんだろうな、と思う。
「冴山さんはさ、自己評価が低すぎるよ」
だから僕はそう告げた。
「そんなに自分を下げる必要、ないと思うんだ。少なくとも僕は冴山さんのことを原石だと思ってるから、もっと自信を持って欲しいな」
「よ、芳野くん……」
「猫背を治したら? って提案したのも、せっかくの素材が勿体ないって思ったからだし」
別に陽キャになれって言っているんじゃない。
ちょっとだけでいいから、ポジティブになって欲しいという話。
それは僕自身にも言えることだけど。
「わ、分かったよ芳野くん……」
……お?
「た、確かに猫背だと印象悪い、もんね……ちょっと治してみよう、かな……」
キタ――(゚∀゚)――!!
「そうだよ冴山さんっ、治そう!」
「じゃ、じゃあ……」
冴山さんがゆっくりと、
「……背筋、伸ばすね……?」
そう言って胸を張り始めてくれた。
おぉ……たゆんでいたブラウスのシワも一緒に伸びていく。
胸元が、膨らんだ風船みたいにぱんぱんのむっちむちへ。
「――あ……っ」
ぱつんっ!!! という異音と共に、僕のおでこが痛烈な痛みを知覚したのはそのときだった。
その事象の正体が、冴山さんのブラウスがFカップの暴威に耐えられずボタンを弾けさせた結果だと理解したとき、僕の視界には肌着の向こうの白いレースに包まれたFカップの深い谷間が映り込んでしまっていた。
えっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっ!!
「――ひぎゃあっ!!」
一瞬で猫背に戻った冴山さんが自分の身体を抱くように縮こまってしまう。
「ご、ごめんね芳野くん……っ、お、おでこ大丈夫だった……?」
「だ、大丈夫……」
時雨砲による損傷は痛みだけ。
むしろその痛みに誇りさえ感じてしまう。
けどまさかボタンが飛ぶとはな……。
「わ、私……やっぱりもうちょっとだけ猫背のままでいる、ね……」
ワンサイズ上のブラウスを着れば解決ではあるけれど、そもそも猫背の矯正がストレスになったりすれば健康面で元も子もない。
冴山さんの過ごしやすいように過ごしてもらうのが一番、だよな。
そう考えながら、僕は弾け飛んできたボタンを冴山さんに返したのである。
にしても……すごい勢いだったな時雨砲。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます