第15話 探偵もどき 2 ※長め注意

「――誰っ、あたしのブラウス盗んだの!!」


 とある平日の昼休み。

 4時間目に体育の授業があったこの日、僕が冴山さんの弁当と共に非常階段に向かおうとしていたら、そんな怒鳴り声が教室内に木霊したのが分かった。

 バンッ!! とロータリーに停車している校内清掃業者のバンがバックハッチを閉めた音も同時に聞こえてきたもんだから、僕は思わずビクリとしてしまう。


「今ならまだ許してあげるから犯人手ぇ上げなよ!!」


 怒りのせいで迫力満点なことになっているその女子生徒は、まだ体操着から着替えていない金髪ウルフカットのギャルである。

 高柳たかやなぎひめる――クラス内陽キャの1人で、その中でもリーダー格の、言わばボスギャルだ。


「なになに秘。ブラウス盗られたの?」

「うんっ、どこにもないんよ! ロッカーに入れてたのにさ!」


 そう言って高柳さんが自分のごちゃついた汚いロッカーを友人に見せていた。

 

 ウチの高校は体育の授業のときに男子が廊下で着替え、女子はカーテンを閉めた教室で着替える。更衣室がないわけじゃないけど、授業ではわざわざ使わない感じだ。

 僕がすでに教室に居るのはもう女子の着替えが終わったからだが、高柳さんだけがご覧の通りまだ体操着から着替えていない有り様だった。

 制服のブラウスが盗られた――らしい。


「盗んだのは男子の誰かでしょ!! はよ名乗り出なよ!!」


 ロッカーが汚い高柳さんの怒りと疑いは僕ら男子に向けられているようだ。

 まぁ順当に考えればそうなるか。

 体育の途中に男子の誰かがこっそりと教室に戻ってきて高柳さんのブラウスを汚いロッカーから盗んだ、という筋書きが、彼女の頭には浮かんでいそうだ。


「そういやタケル、お前授業中にトイレ行ってなかったっけ? そんときに?w」

「は? 俺じゃねえってふざけんなよツバサお前」


 ふとそんなやり取りが聞こえてきた。

 疑いをかけられて否定したのは、授業中にトイレに抜け出したのを僕も確認している畑中タケルくんだ。長身茶髪パーマのイケメンである。


「なにタケル? あんたが盗ったワケ? マジならキモいんだけど……」


 高柳さんが嫌悪の眼差しを畑中くんに向け始めていた。

 高柳さんと畑中くんは陽キャ仲間だけれど、もし畑中くんがブラウスを盗ったんだとしたら、高柳さんは穏便に済ますつもりはなさそうだな。


「は? いや待てって。マジで俺じゃねえんだけど」


 畑中くんの表情にも怒りの色が見え始めている。

 冤罪だからだろうか。


「でもタケルは男子が校庭でサッカーやってる最中にトイレ、行ったんでしょ?」

「だから普通にトイレだっつーの。お前のきたねえロッカーから制服盗むために離脱したんじゃねーんだよ。――てかさぁ、こうやって俺のトイレ情報チクったツバサの方が怪しいんじゃねーの?」

「は? いやオレでもねえってば!」

「じゃあなんで俺のこと急に持ち出したんだテメエ」


 険悪な空気が広まり出す。


「(よ、芳野くん……)」


 そんな中、冴山さんが自分の席で僕をちょいちょいと手招きしていた。

 高柳さんたちに注意しながら僕はそっちに向かう。


「(どうかした?)」

「(な、謎はすべて解けた……っ)」


 そして、急にそんなことを言い出していた。


「(……高柳さんのブラウスを盗んだ犯人が分かった、ってこと?)」

「(う、うん……犯人はずばり、女子の制服をアブダクションしに来た宇宙人、だよっ……!)」


 ……おおよそ現役ミステリ作家とは思えない解答だった。

 夢オチより酷い。


「(冴山さん……リアルだと探偵に向いてないね)」

「(ひぎゃあ!!)」


 可愛い悲鳴を漏らした冴山さんは放っておくことにして、ミステリ読者の矜持が刺激され始めた僕は僕なりに改めて考えてみることにした。


 まず状況を整理すると、体育の授業終わりに高柳さんのブラウスが盗まれていた、というシチュエーションだ。


 最大の焦点はもちろん――誰が盗んだか。


 なんとなく近場の窓から外に目を向けてみると、用務員のおじさんが校庭を掃除している姿が視界に映った。

 そういえば……用務員さんは授業中に自由な移動が出来るわけだよな。

 若い女子のブラウスを欲して、体育中のクラスに忍び込んで盗み出している可能性はゼロとは言えない。


 けど、個人的にその可能性はないと思う。

 あの用務員さんは僕が入学するよりもかなり前からこの学校に居ると聞く。

 そんな人が今更リスキーな行為に踏み切る意味はあるだろうか?

 油断を誘うために大人しくし続けていた、にしては大人しい期間が長すぎる。

 急に魔が差した、というのも考えづらい。

 還暦越えに見えるし、そこまでのバイタリティーが無さそう、というのもある。


 だから盗んだとしたらやっぱり男子生徒か男性教師陣の誰かでは、と思う。

 しかしだ。


 


 高柳さんは可愛いけど、こうした被害に遭えば泣き寝入りせずに自分から声を張り上げるくらい強気な性格なのは周知の事実で、実際そうなっている。

 要するに高柳さん相手に盗みを働くのはリスクがあり過ぎるんだ。カースト上位の存在だし、親が理事会の1人って話だから、犯行がバレて敵に回せば後々怖いというのもある。

 そんなリスクを背負ってまで高柳さんのブラウスを盗むのは、男子生徒にとってはまったくプラスではないし、男性教師陣だって言わずもがなだ。

 女子生徒が嫌がらせか何かで盗んだ線もあるけど、女子がカースト上位の高柳さんに逆らうのは男子以上に良くないことであって、リスクを考えるとこんなに堂々と嫌がらせをするとは思えない。


(……となると――)


 盗まれたんじゃなくて、失くしたんじゃないか……?

 無論、高柳さんの言動的に高柳さん本人が失くしたわけじゃない。

 他の誰かがなんらかの理由でブラウスを紛失させたと考えるべきだ。


 ――バンッ!!


 そう考えていた僕の鼓膜が、またバックハッチの閉まる音で揺さぶられた。

 ロータリーに停車中の清掃業者のバンが奏でた音だ。

 清掃業者は定期的に学校を訪れて、校内を掃除してくれる。


(――待てよ……)

 

 ハッとする。

 清掃業者。

 ロッカーから消えたブラウス。

 犯行は体育の授業中。

 それらの要素から導き出される結論がひとつ――あるじゃないか。


「……ちょっといいかな?」


 そして、言い争いを続けている高柳さんたちに近付いて、気付けば僕はそう言っていた。


「――何さ!?」


 高柳さんがカッと目を見開きながら僕を振り返ってくる。


「アンタ吉田くんだっけっ? まさかアンタが盗んだ犯人なワケ!?」

「いいや吉田じゃなくて芳野……それに僕は自白しに来たわけじゃない。横から話を聞いていて、真相が大体分かったんだ。だから教えてあげようと思ってね」

「え……マジ?」

「うん」


 外れていたら大恥だけれど、まぁ多分大丈夫。


「とりあえず結論から言うと、高柳さんのブラウスは

「え」

としてね」


 僕は窓の外を指差しながら言葉を続ける。


「僕らの高校は生徒に掃除をさせず、業者に委託してるのは知っての通りだ。そして今日はそこに清掃業者のバンが停まってる通り、まさにその清掃日」

「それが……?」

「清掃業者が各学級をいつ掃除するか知ってる? 答えは『そのクラスの生徒たちが移動教室でクラスに居ないとき』だよ」

「じゃあ、4時間目の時間帯って……」

「そう、この教室には十中八九清掃業者が入り込んでいたはずなんだ」


 その事実がブラウスの消失に繋がってくる。


「清掃業者は、たとえば清掃中の教室に落とし物があった場合、それを遺失物として回収して職員室に持っていくことになってるんだよ。だから高柳さんのブラウスをその決まり通りに回収した、っていうのが事の真相だと思う」

「ちょ、ちょっと待って!」


 納得いかないと言わんばかりに高柳さんが声を張り上げていた。


「なんであたしのブラウスが床に落ちてることになってんのさ! あたしはブラウスをロッカーに押し込んで仕舞ったんだよ!?」

「そう――んだよね? そのロッカーの中にさ」


 さっき畑中くんも言っていた通り、高柳さんのロッカーは汚い。

 モノであふれかえってごちゃっとしている。

 だから事は起こってしまったんだ。


「僕らのロッカーは鍵が掛かっているわけじゃない。ちょっとした拍子に、たとえば身体の一部がぶつかったりなんかすればアッサリ開くときがある。内部がごった返している影響で扉に対して内側から常時圧力が掛かっているロッカーならもっと簡単に開くと思わない?」

「……っ」

「つまり、高柳さんはブラウスを確かに仕舞ったものの、恐らく、それこそ、清掃業者がぶつかった拍子にロッカーが開いて落ちてしまったんだと思う」


 そして清掃業者は落ちてきたそれをロッカーに戻すことが出来なかった。

 なぜなら完璧な形で元に戻せなかった場合、漁った痕跡のように思われ良からぬ誤解に繋がりかねないからだ。

 そうなれば清掃業者としては要らぬ責任を取らされる可能性が出てきてしまうから、遺失物として職員室に持っていった方が安パイな対処となる。


「要するに今回のブラウス盗難事件は盗難でもなんでもなくて、高柳さんの整理整頓不純と清掃業者の誤魔化しが合わさって起こった単なる偶発的な事故ってことなんだよ」

「……ほ、ホントに?」

「信じられないなら職員室に行ってごらんよ。きっとあると思うから」

「…………」


 僕の言葉を受けて、高柳さんがそそくさと廊下に出ていった。

 そして数分後、この場に戻ってきた高柳さんの手には――


「――うおっ、俺の容疑晴れたじゃん! サンキュー芳野!」


 畑中くんが沸いている通り、その手には白いブラウスが握られていた。


「あ、ありがとう芳野……疑ってごめん……マジ助かった……」


 高柳さんもぺこっと気恥ずかしそうに頭を下げてくる。

 だから僕は「どういたしまして」と応じながら、ちょっと良い気分に浸り始めたのである。


   ※


「よ、芳野くんすごかった、ね……」


 その後、いつも通りに非常階段で弁当を食べ始めた僕と冴山さんである。


「こ、高校生探偵芳野シリーズのネタ、どんどん溜まっていくね……」

「……ガチでシリーズものとして立ち上げるつもりなのか?」

「い、一応ストックだけ、しておこうかなと……」


 マジか……。


「そ、それより芳野くん……陽キャ化したりしないで、ね……」


 それはなんだろう……僕が高柳さんと接点を持ったがゆえの心配だろうか。


「大丈夫だよ。僕はこうやって冴山さんとコソコソしてるのが一番落ち着くから、陽キャ化はありえない」

「ほ、本当に……?」

「本当さ」

「じゃ、じゃあその言葉、信じておくから、ね……ち、ちなみに私も……芳野くんと一緒に過ごすのが一番落ち着く、から……」


 うぐ……モソモソと弁当を食べる冴山さんの不意打ちは僕に効く。

 ……でもきっと他意はないんだろうし、勘違いしないようにしないといけないよな、うん。

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