第13話 受難

「よ、芳野くん……コレ一緒に見てもらってもいい……?」


 あくる日の夜。

 キャミソール&ショートパンツ姿の冴山さんが自前のノートPCと一緒に僕の部屋を訪ねてきた。

 ディスプレイに映っているのは、サブスクの画面。

 0:00:00のシークバーを見る限り、これから観ようとしているらしい。

 左上にその作品のタイトルが載っていた。

呪難じゅなん』とある。

 

「呪難って、ホラー映画だっけ?」

「う、うん……サブスクに最近追加されたヤツ……」

「それを僕と一緒に観たいのはなんで?」

「こ、怖いから……」


 気恥ずかしそうに肩を縮こめてのお返事だった。

 可愛い。

 けど待って。


「……怖いのにわざわざ観る理由は?」


 ジメジメ系和風ホラーを怖がりが観るのは自殺行為にもほどがあると思うんだけど。

 苦手だから刺激を求めて観るんやろがい、というドMなんだろうか。


「み、ミステリの勉強がてら、だよ……?」

「……ミステリに通じる部分ある?」

「あ、あるよ……ぞくりとする演出の描き方とか……」

「あー……まぁ分からんでもない」

 

 確かにホラーとミステリの雰囲気は似ている。

 それこそ謎を散りばめてどんでん返しを行うホラー映画も結構あるし。


「だ、だから一緒に観てもらってもいい、かな……?」

「分かった。そういうことなら一緒に観よう」


 呪難は僕も観たかったんだ。

 でもきっかけがないと観ないタイプの作品だから、今誘ってもらって助かった。


 どうせなら大きい画面で観よう、ってことになり、僕らはリビングに移動してテレビをサブスクに繋いだ。

 正面のソファーに並んで腰掛け、呪難の鑑賞が始まる。


 女子と一緒にホラー映画を観るなんて初体験。

 僕は怖がりじゃないけど、違う意味で心臓がバクバクし始めていた。


「あ……この陽キャたち絶対死ぬ、ね……」


 序盤の登場人物紹介みたいなシーンに陽キャカップルが出てきたのを観て、冴山さんがニヤニヤしていた。

 そうなんだよな、ホラー映画あるあるとして、DQN系陽キャは大体死ぬ。セックスシーンがあったらその確度は飛躍的に上昇するんだ。


「――あ……っ」


 やがて心霊現象1発目のシーンに突入した。

 主人公の背後にある鏡に幽霊が映り込んでいる。ありがちな演出だけど、冴山さんがビクンと震え上がっていた。

 言っちゃなんだが、冴山さん自身がホラー映画の住人っぽい見た目なのに、こういうのが苦手なのは意外と言える。


 と思っている僕の肩に、軽い衝撃。

 なんだろうと思ったら、冴山さんが僕との間合いを詰めてきたがゆえに肩と肩が触れ合っていた。怖いからくっついてきたっぽい。

 ……ま、肩と肩がくっつくくらいなら多少はね?

 でも近いし、良い匂いで、心拍数が……。

 ホラー映画なんか微塵も怖くないけれど、冴山さんとの密着が僕の平常心を奪っていく……。


『こ、このDMが届いた人物は1週間以内に事故で死ぬ……』

『回避方法はないのかよ!?』


 そんなやり取りがスピーカーから聞こえてくる。

 呪いも時代に合わせてガジェットを活用するようになり始めている現代ホラー。

 そのうち霊がAIに乗り移ったりするんだろうか。


「うぅ……」


 今は特に怖いシーンでもなんでもないけれど、冴山さんは僕の腕をぎゅっと抱き締めさえしてくる。

 ……一旦怖がりのスイッチが入ると人恋しくなるんだろうか。

 で、でも待って欲しい……。

 胸が当たってるんですよ奥さん……。

 もにゅ、むにゅ、みたいな擬音を発していそうなくらい、キャミソール越しでも柔らかそうに胸が歪んでいる。

 Fカップ、すごい……。


「さ、冴山さん……一応言っとくと胸当たってるからな……?」

「ご、ごめん、ね……? で、でもこうしないと落ち着かない、から……」


 そう言って冴山さんは僕との密着をやめようとしない。

 役得だから別にいいんだけど……なるべく冴山さんに触れないように僕は気持ちちょっとだけ遠ざかる。

 もちろん腕を抱かれている時点で遠ざかりようはない。

 だからせめて意識だけでも胸から遠ざけようとするんだけれど――


『――きゃああああああああ!!』

「――きゃああああああああ!!」


 映画の悲鳴にビビった冴山さんが僕への抱きつきを強めてきてしまい――

 ――むぎゅぎゅ!


「ご、ごめんね芳野くん……っ」

「だ、大丈夫……」


 怖さとは別の意味で心臓がバクバク。

 この映画は呪難というタイトルだけれど、僕の現状は受難と言えそうだった。

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