第12話 探偵もどき
「げ、現実だと……目の前で事件がなかなか起きないのが残念、だよね……」
冴山さんがいきなり物騒なことを言い出したのは、この日の昼休みのことだった。
非常階段でのひととき。
冴山さんのお手製弁当を食べ終わって手すりに肘を突いて校庭を眺めていたら、まだ食事中の冴山さんがぽつりとそう言ったわけである。
「……フィクションだったらポンポン事件が起こるのに、ってこと?」
「う、うん……行く先々で事件が起こってくれたら、ネタに困らないから」
「なるほど……凶悪な事件をお望みで?」
「う、ううん……人死には御免だけど、日常的なトラブルくらいなら刺激的で楽しそうかな、って……」
確かにな、と頷いた僕の視界では、1匹の猫が校舎側から校門の方へと走り抜けていった。
それと同時に――
「――コラぁ!! なーにをやっとるかぁ……!!」
唐突に木霊したのは、中年男性の怒声だった。
これは……教頭先生の声っぽい。
それが下の方から……何かトラブルだろうか?
「じ、事件かも! わ、私見に行ってくるねっ」
「あ……ちょっと」
冴山さんが爆速でご飯を食べ終えてぴゅーんと下に降りていった。
僕も一応付いていくと、非常階段を降りてすぐの渡り廊下から校舎内に入った一角で、坊主頭の男子生徒2名が教頭先生と向かい合う形で睨みを利かせられていた。
気を付けの姿勢を強いられている坊主2名の近くには、トロフィーなんかが飾られている陳列棚が設置されているんだが、それのガラス戸が盛大に砕けて内部の記念品が廊下に散乱する事態になっていた。これは酷い。
「――こんな廊下でキャッチボールをするとかお前らは何を考えているんだ!!」
僕ら以外にも野次馬が集まりつつあるそんな中、教頭先生はその手に握り締めた硬球を誇示するかのように見せ付けながら怒声を発し続けている。
「や、野球部の男子が廊下でキャッチボールをしてこの惨状を引き起こした、みたい?」
「……らしいな」
これは多分冴山さんが望むような探偵ネタにはならない。
そう思っていたら――
「ち、違います!」
「誓って俺たちはやってないっスよ!」
坊主2人が容疑を否認し始めていた。
……おや?
「じゃあこの惨状は一体なんだと言うんだ!」
教頭先生が引き続き怒声を発している。
「ガラスの割れる音を聞いて私がこの場に駆け付けたとき、お前ら2人だけがここでオロオロしていたんだろうが!! お前ら以外に誰がこれをやれる!? このボールでキャッチボールをしていたら誤ってガラスを割ってしまったと大人しく認めたらどうだ!? ごちゃごちゃ誤魔化すなら野球部の活動を停止させるぞ!! いいのか!?」
「ちょっ、待ってくださいよ……!!」
「ホントに俺たちじゃないっス……!!」
坊主2人を犯人と決め付けてやまない教頭先生と、それを否認する坊主たち。
ふむ……。
「も、もしあの2人の言い分が本当だったとして、じゃあ誰がこんな惨状を生み出したんだろう、ね……?」
冴山さんがあごに手を当てて思索に耽っていた。
ちょっとそれっぽい状況と出会えて嬉しそうでもある。
ともあれ……さて、実際のところどうなんだろうか。
状況を整理すると、教頭先生がガラスの破砕音を聞いてここに駆け付けたとき、ここには動揺中の坊主2人しか居なかったらしい。
だから教頭先生は2人がやったと断定している。
教頭先生が手に持っている硬球こそが、この事故を引き起こしたと思われるキャッチボールの物的&状況証拠であるらしい。
確かに順当に考えれば教頭先生の考え通りで間違いなさそう……だけど、本当にそれが真相だろうか?
もし坊主2人がここでキャッチボールをしていてガラス戸を割ったんだとしたら、僕には少し不自然に思える部分がある。
ガラスの飛び散り方だ。
キャッチボールによってガラス戸が割れたんだとすれば、ガラス戸は廊下側から壁方向への衝撃で割れたことになる。なら、そのときガラスの破片は戸棚の内部に飛び散るのが普通だろうけれど、実際には飾られていた記念品と一緒に廊下の床に対して放射状に散乱している。そう、戸棚の内側から炸裂したみたいに。
もしそれが、硬球が戸棚の内部で跳ね返ったがゆえの炸裂なんだとすれば、不可解な点がひとつある。――ガラス戸の破損箇所は1箇所だけなんだ。硬球が内部で跳ね返るには、一旦硬球がガラス戸を破損させて内部に飛び込んだ上で、その反動として廊下側に飛び出してくる必要がある。つまりガラス戸の破損箇所は入ったときと出てくるとき、の計2箇所になっていないとおかしい。
でも実際は1箇所のみ。もちろん入ったときと出てくるときとで硬球が同じ箇所を通った可能性はある。でももしそうなら、こうして廊下側にガラスの破片が飛び散っているのはおかしいことになる。出てくるときに破壊は発生しないからだ。
すなわち、この惨状の原因はキャッチボールではなさそうだということ。
少なくともキャッチボールでこの形の破壊は生まれない。
となると、導き出される結論は――
「――ね、猫が飛び出してきたんスよ!」
そのとき、坊主の片割れがそう言ったのを僕は聞き逃さなかった。
「そ、そこの渡り廊下から入ってきた猫がガラス戸の隙間に身体をねじ込ませて戸棚の中に入ってしまったんで、俺たちはその猫を出そうとしたんス! そしたら勢いよくガラスを突き破る形で外に飛び出してきてしまって……!」
あぁ……やっぱり……、じゃあひょっとしてさっきの猫が……。
「ウソをつくな! 言うに事欠いてそんなデタラメを――」
「――ウソじゃないと思いますよ」
僕は目立つのが嫌いだけど気付けば挙手してそう発言していた。
「な、なんだと……?」
「猫が校舎から校門の方に飛び出していくのを実は見ているんです」
「な、なに……」
「それに僭越ながら、ガラス戸の破損箇所が1箇所しかなく、床に放射状にガラスの破片が飛び散っているところを見ても、戸棚内部からの一度きりの圧力でこの被害が生まれたと考えるのが自然だと思います。――つまり彼が言っている通り、キャッチボールじゃなくて猫の飛び出しが原因で間違いないのかと」
「そ、それは……――だ、だがっ、じゃあっ、床に転がっていたこの硬球は一体なんだと言うんだ!!」
振り上げた拳をすぐには下ろせないかのように、教頭先生が僕に硬球をかざしてきた。
だから僕はこう言ってやった。
「それ、飾られていた記念品なのでは?」
「――っ」
「冷静に見てください。何か印字がありませんか?」
僕がそう問いかけてみると、教頭先生は恐る恐る硬球の周囲をチェックし始めていた。
そして――
「だ、第78回地区大会優勝記念贈呈品……」
そこに記されていた文字を、青ざめた表情で読み上げていた。
※
その後、学校の外で頭にガラス片が刺さった猫が保護されたとかなんとかで、僕の読みは正しかったことが証明された。
「す、すごかったね芳野くん……」
野球部の2人から感謝されたり、あの廊下で教頭先生を論破したことが無駄に校内のトピックとして広がったりして、ちょっと余計な注目を浴びてしまったこの日の放課後、僕はリビングでくつろぎながら冴山さんに称えられていた。
「ほ、ホントの探偵みたい、だったよ?」
「いや……あんなのは別に探偵でもなんでもないだろ」
別に僕が正答を導き出したわけじゃないし、それっぽい真似事に過ぎないから、アレで本物の探偵というのは恐れ多いにもほどがある。
でもああいう謎解きがちょっと楽しかったのは否定しない。
「よ、芳野くんをモデルにした新シリーズとか始めてみよう、かな……」
「いやいや……まだモデルにするほどじゃないってば」
あまりに早まった話過ぎて苦笑するしかない。
でも本当にもしいずれそうなったら、それはすごく光栄だろうなと思った。
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