第11話 すごいお願い
「あ、あのね芳野くん……ちょっと絞殺させてくれない?」
「え」
普通の人ならおおよそ浴びせられることのない言葉が僕の耳朶を打ったのは、あくる日の夕飯後、自室でくつろいでいるときのことだった。
ドアを開けたらキャミソールにホットパンツというラフな格好の冴山さんが佇んでいた。
前髪カーテンはいつも通りだけど、キャミソールゆえに胸元が結構開いていて、ご自慢のFカップが深い谷間を形成しているのがヤバい。
でももっとヤバいのは今の発言である。
「こ、こうさつ?」
「うん……」
「こ、こうさつって……考察のこと? 僕をもっと知りたいとかそういう……?」
「う、ううん……考察じゃなくて、絞殺……」
やっぱりそっちなのか……。
「えっと……僕は殺意を抱かせてしまうほどに冴山様のことを何か怒らせてしまいましたでしょうか……?」
「あ……そ、そういうことじゃないよ……っ?」
冴山さんが慌てたように手をワタワタさせていた。
可愛い。
「こ、今度書く小説の資料にしたいだけ……っ」
「え……資料?」
「う、うん……陽キャシリーズじゃなくて、雑誌に載せる短編で……痴話喧嘩でカノジョが彼氏を絞殺する事件を紐解く話にしようと思ってるんだけど、実際に女性が男性を絞殺しようと思ったらどういう反撃にあったりするのか検証したくて……」
あ、そういうことか。
つまり推し作家による制作活動への協力要請だ。
なんてこった。
「きょ、協力してもらってもいい、かな……?」
「逆に僕でいいのか?」
今後スターダムをのし上がっていくであろうミステリ作家レインの力添えなんて恐れ多い気分だ。
「よ、芳野くんじゃないと……ダメ」
だそうで、嬉し過ぎる。
そういうことなら断る謂われはなかった。
「じゃあやらせてもらえるか?」
「あ、ありがとう……っ。じゃ、じゃあ、仰向けでベッドに寝てもらってもいい……? 被害者の彼氏は泥酔してるところを襲われる設定だから……」
「OK」
言われるがまま、ベッドに寝転がる。
そして僕は思い知ることになった。
この協力が色んな意味で大変だということを――。
「よいしょ、っと……」
「!?」
検証内容を考えれば当然と言えば当然なんだけど、冴山さんが僕の腹部に跨がってきたので動揺した。
そ、そうか……マウント状態からの首絞め検証。
ベッド脇から控えめに、とかではなくて、ガチめの絞殺シチュエーション。
泥酔彼氏をどう仕留めきるか、を反撃含めて検証したいんだろうな。
「お、重くない……?」
「そ、それは平気……」
何か問題があるとすれば、冴山さんを下から見上げる絵面がえっち過ぎる、ということだろうか。
キャミソールのお胸部分が反り立つ壁みたいな威圧感を放出している。
Fカップの膨らみ、ヤバい。
陰キャな文学少女なのにドスケベボディにもほどがあった。
「あ、あんまりおっぱい見ないで……」
バレてた……!
「ご、ごめん!」
「べ、別にいいけど、こんな無駄なお肉見てても目が腐るだけだから、見ない方がいいと思う……」
「……く、腐るどころか良い保養でしかないけど?」
「そ、そうなの……?」
「あ、ああ……」
「えっち……」
ぐあああああああ恥ずかしそうにえっちって斬り捨てられるの良き!!
「そ、それより早速首を絞めるから、こういう反撃出来そう、みたいな意見を色々もらえたら……」
「あ、ああ……ちなみにだけど、冴山さんって執筆前にいつもこういう検証みたいなことしてるのか?」
「う、ううん……いつもはしない、かも」
「じゃあ今回はなんで……?」
「せ、せっかくなら……私の作品を読んでくれてる芳野くんと共同制作出来たらいいな、って思って……」
――っ、や、優しい!!
ファンを大事にするクリエイターの鑑!!
「よ、芳野くんにだけの特別、だからね……?」
そんな言葉と共に首を絞められ始める。
こ、これ以上ない最高のファンサ……。
……誰にも言えない2人だけの秘密。
そういうのを作り上げられる環境下に居ることを、僕はどこか誇らしく思うのだった。
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