第5話 必要なモノを揃えに 1

 使っていない部屋と布団、あとは母さんが家に置いたままにしている衣類を冴山さえやまさんに貸し出して、色々あった今日のところは休んでもらった。

 幸いにも今日は金曜日。

 翌日に落ち着いて入り用なモノを買いに行けるのは、ラッキーと言えるだろう。


「お、おはよ……芳野よしのくん」


 そして迎えた土曜の朝。

 起床した僕がリビングに向かうと、冴山さんがすでに起きていた。

 寝間着のスウェット姿でキッチンに佇んでいる。

 どうやら朝ご飯を作ってくれているらしい。


「れ、冷蔵庫の中身、勝手に使っちゃってごめんなさい……」

「あぁいや、それは大丈夫。作ってくれるのありがたいし」


 冴山さんの前髪は調理中ゆえに上げられていたので、僕はそれを見ないようにした。素顔を見られるのは苦手みたいだし。

 でも一瞬垣間見えた冴山さんの尊顔は、やっぱり可愛すぎた。


 僕が洗顔と着替えを済ませる頃には朝ご飯が出来上がっていた。

 パリッパリに焼けたウインナーと目玉焼き、そしてきつね色のトースト。

 前髪を元に戻していた冴山さんと一緒に腹を満たし始める。


「朝までよく眠れた?」

「じ、実はそんなに寝れてなかったり……」

「……何か問題でもあった?」

「も、問題というか……ずっと気になってた芳野くんの家で暮らすことになったんだ、って思ったら、全然寝付けなくて……」


 ……勘違いしそうな言い分だけど、他意はないはずだ。

 冴山さんは僕のことをぼっちの同類として観察していたらしいし、そういう意味で気になっていた、ってことだと思う。


「え――よ、芳野くんも買い物に付き合ってくれるの……?」


 やがて朝食が済んだあと、僕らは一緒に皿を洗い始めていた。

 そして、このあと向かう買い物について話しているところだ。


「多分荷物が多くなるだろうし、男手はあった方がいいと思って」

「で、でも芳野くんに予定は……?」

「あると思う? 逆に」


 陰キャぼっちの土日は基本フルで空いている。

 オタ系イベントがあれば別だけど。


「でも冴山さんが1人で動きたいなら自重しとくよ」

「う、ううん……来て……欲しい……」


 皿洗いを終えながら、僕の裾をぎゅっと握り締めてくる冴山さん。

 こ、この手はなんだ。やめて。好きになっちゃう。


「わ、分かった行くからとりあえず離してもらえる?」

「あ……っ」


 どうやら天然が織り成すワザだったようで、冴山さんはワタワタと僕から離れて恥ずかしそうに縮こまり始めていた。


「ご、ごめんなさい……っ、時雨菌が……っ」

「だ、大丈夫。時雨菌は僕にとって善性だから」

「あ……そ、そう思って、くれてるんだね……へへ」


 冴山さんはモジモジし始めていた。

 可愛い。


   ※


 ともあれ、一緒に行くことになった。

 皿洗い後は冴山さんが学校の夏服に着替えていた。出掛ける服がそれしかないからしょうがなく。


「じゃあ行こうか」

「うん……」


 そうして午前9時過ぎ、僕らは出掛けることになった。

 一旦火事被害に関する手続き的なモノをこなし、それから電車で多少遠出。

 まずは冴山さんの衣服を揃えるために、最寄りの街の中で一番若者向けのショップが多い渋谷を訪れてみたのだが――


「こ、怖い……っ」


 ハチ公前にやってきたところで、冴山さんが凍り付いていた。


「わ、若い子いっぱい居て怖い……っ。みんな明るい暖色系着てて怖い……っ」


 分かる……僕らは黒と灰色コーデのブラックナイト。

 周囲に光属性が多過ぎて目がやられそうだ。


「ひ、引き返して巣鴨行こ……?」

「いや……怖いからって年寄りの楽園に行ってどうすんのさ」

「わ、私猫背だから……実質ババアでOK……」

「……どこもOKじゃないよ。……ふぅ、大丈夫。僕が先陣切るから行こう」


 せっかく来たんだから引き返すのは勿体ない。

 ネガネガオーラ満載の冴山さんを先導する形でいざ某109へ突入した。


「――いらっしゃいませー♪ わっ、お客さんキューティクルすごっ!」


 最初に見たいモノは下着――とのことで、陰キャ男子が直視出来ないお店ランキング上位常連の存在ことランジェリーショップにやってきた。

 ギャルの店員さんがいきなり冴山さんに話しかけていて、対する冴山さんは「ひぎゃ!」とビビっていた。

 ……頑張れ冴山さん。

 

「あ、驚かせちゃってごめんなさいね~。今日はどういうのをお求めで?」

「あ、あの、えっと……は、派手過ぎない上下を2セットほど……っ」

「わっかりましたー。ちなみにサイズは最近測ってます?」

「さ、サボり気味です……っ」

「じゃあ測りましょうね。彼ピくんは少々お待ちを~」


 ……彼ピ扱い。

 ちょっと嬉しい。


「わっ――お客さんおっきい!」


 仕切りで区切られた採寸スペースに冴山さんが誘導された。

 そして店員さんのそんな声が。

 む……これはちょっと耳を澄ますべき場面か?


「おほっ、お客さんはFですねぇ!」


 ――えっっっっっっっっふ。


「じゃあ下着選んでいきましょうかー」


 採寸スペースから出てきた2人をよそに、僕はFの衝撃でしばし固まっていた……。


「彼ピさんはどういうデザインが好きですか~?」


 ……あ、僕に問いかけが。

 彼ピじゃないけど、どうしよう。

 冴山さんにちらりと目を向け、どう反応したらいいかお伺い。

 すると――

  

「か、彼ピはえっちめなのが好きかもです……」


 冴山さん……!?


「あは~、やっぱりそうですよね~。でもカノジョさんは派手過ぎないのがいいんでしたっけ?」

「はい……」

「じゃあ両立しそうなのを選びましょうね~」


 さ、冴山さん……どういうことなの……。


「――ありがとうございました~」


 その後、冴山さんが無事に下着を手に入れたのはいいとして、


「さ、冴山さん、さっきのはどういうことなんだ……」


 僕を彼ピ認定するなんて。


「よ、芳野くんなら彼ピ扱いでもイヤじゃなかったから、ちょっと店員さんの話に乗ってみたの……ごめんなさい……」


 だそうで。

 そ、それはそれでどういうことなんだ。

 なんで急にそんな茶目っ気をお披露目なされたのだ……。


「へへ……」


 冴山さんはどこか満足そうに笑っている。

 まぁ……僕としてもイヤじゃなかったから、別にいいんだけどさ。

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