第4話 こうするのがベストのはず

「うわ……ホントに燃えてるのな」


 冴山さんからの衝撃的な報告を聞いたあと、僕らは2階のベランダを訪れている。

 近隣のマンションから本当に火の手が上がっていて、放水がなされていた。


「出火元って……冴山さんの部屋?」

「う、ううん……お隣さんみたい……」

「……それはツイてないな」


 不運に不運が重なるときってたまにあるけど、今日の冴山さんは悪い方向に突き抜け過ぎている。痴漢からの火事は洒落になってない。


「わ、私がクソ陰キャだからこんなことに……」

「いや絶対関係ないから……それより、あの燃え方だと冴山さんの部屋はダメになってそうじゃないか……?」

「……うん……」


 出火元の両隣が盛大に燃えている。入居時に火災保険的なモノに入っているはずだけど、住む場所を失ったのは間違いなさそうだ。


「親御さんに連絡はした?」

「……ま、まだ」

「じゃあした方がいいよ」

「けど、したら帰ってこいって言われるかも……」


 冴山さんは困ったようにうつむいている。


「えっと……冴山さんは単身で越境してきたんだっけ?」

「うん……私の家、少し由緒ある立場で、親がちょっと、心配性だったりして……私は将来のためにこっちの進学校を選んで、親は地元の学校でいいんじゃないか、って言っていて……」

「なるほど……じゃあわがままを聞いてもらった形なんだな?」

「うん……だからこういうトラブルがあると、ほら見たことか、ってなって連れ戻されるかも……家もなくなったしちょうどいいだろ、とか言われて……」

「……2年生の時期に学校替えてバタバタするのはスマートじゃないと思うけどな」


 内向的な冴山さんは新しい環境に慣れるまでが大変というのもあるだろうし。

 

「で、でも……住む場所のことでとやかく言われたら、どうしようもないから……」

「だったら、新しい住まいはもう見つかってる、って言えばいい」

「え」

「僕んちに住めばいいよ」


 自分で言っておいてなんだけど、我ながらちょっと大胆な提案だと思う。

 けど多分それが現状の最善手だ。


「そ、そんなのダメ、だよ……っ」


 冴山さんは案の定、ワタワタと手を振り乱し始めていた。


「よ、芳野くんに悪いから……!」

「悪くないって。見ての通り一軒家に1人暮らし中だから部屋余ってるし」

「で、でも……っ」

「ホントに大丈夫だって。冴山さんだって地元に戻りたいわけじゃないんだろ?」

「そ、それはそう、だけど……」

「だったら僕の言葉に甘えて欲しい」

「ど、どうして芳野くんは……」

「うん?」

「こんなクソ陰キャに手を……差し伸べてくれるの?」


 前髪の隙間から綺麗な瞳が僕を覗いてくる。


「それは、まぁ……」


 ……気になってるからだよ、とここで言える度胸があるなら、僕はきっとぼっちの陰キャ道を歩んじゃいない。


「ヒーローに、憧れがあるんだ……」


 だから僕はそう誤魔化すことにした。


「……こういうときに、手を差し伸べられるヤツになりたいってことだ」

「そう……なんだ?」

「そうさ。だから助ける、それだけのこと」


 ああ……なんか凄くもったいないことをしている気がする。

 陽キャならこの場面で思いっきり口説き落としていそう。

 でもこれでいいんだ。無理に格好付けて恥をさらすよりは、な。

 

「とにかく、ウチで暮らせばいいよ」

「ほ、本当に……いいの……?」

「いいんだって。僕の親が文句言ってくることはないし」


 長期出張中の両親は良い意味で僕を放任してくれている。

 冴山さんを住まわせる上での障害にはなり得ない。


「けど、冴山さんの親が結局なんて言うか、だよな。……とにかく電話してみなよ」

「うん……」


 その後、冴山さんは当主のお母さん(お父さんは婿養子だとか)に連絡を行い、火事の件と僕んちへの居候の件を伝え始めた。

 音声をスピーカーにしてもらい、冴山さんが強制帰宅を命じられるようなら加勢しようと思ったものの――思った以上に理解のある人だったみたいで、結構あっさりとこちらへの居残り許可をくれたのである。


『時雨をよろしくお願いします、芳野さん』

「あ、はい、任せてください」

『手は出さないでくださいね……?』

「も、もちろんです!」


 お母さんと話をさせてもらい、ひとまず新しい部屋が見つかるまで冴山さんを預かることに決まった。

 でも新しい部屋は無理に探さなくても、と一応伝えている。

 別に卒業まで居てもらってもいいつもりで提案したからだ。


「よ、芳野くん……朝もそうだけど、本当にありがとう……」


 それから通話を終えたところで、ひとまずリビングに移動した。

 冴山さんは自宅で夕飯を食べられずじまいだったから、さっき冴山さん自身が作った肉じゃがでお腹を満たしてもらっている。


「わ、私が居ると陰気臭くなるかもしれないけど……覚悟してね……?」

「大丈夫だってば」


 1人で過ごすリビングに比べればなんと彩り華々しいことか。

 これで文句を言うヤツが居たら、そいつは目が肥え過ぎている。


「そ、それと、お世話になる分……尽くす、ね?」

「え、いや、別に尽くすとかそういう腹積もりは持たなくていいって」

「ううん……そうはいかないから……」


 ……意外と頑固であるらしい。

 でもまぁ、居候する側の冴山さんとしては何か労働をしている方が変に気負わずに済むというのもありそうだ。

 とりあえず冴山さんのやりたいようにやらせてみよう。

 

 そんなこんなで、冴山さんの居候が決定したのである。

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