第6話 必要なモノを揃えに 2
下着を買ったあとは、1O9の隣にあるユニ○ロのビルに足を運んでリーズナブルな価格帯の衣類を見始めている。
「下着、安いこっちで買えば良かったのに」
「ゆ、ユニク○の下着……そんなに可愛くないから……」
意外、って言ったら失礼だけど、可愛い方が良いらしい。
でもそりゃそうか。
「こ、こっちでも幾つか買うけどね、安い下着……気楽に着る用として」
そう言ってのっぺりデザインのブラとショーツを何枚か手に取って、部屋着に使えそうなキャミソールだったり、ホットパンツだったり、そういうのと一緒にカゴの中へ。
実家からそれなりに援助のお金を貰えたそうで、懐には余裕があるとのことだ。
それも相まってか、冴山さんはタオルなんかも含めてたくさんの衣類を購入し、最終的に僕らの両手はユニ○ロの袋で塞がった。
あとは日用品が欲しいんだけど、この状態だと他のお店が見られそうにない。
「日用品は地元でも手に入るし、早いけどもう帰る?」
「う、うん……陽のオーラがキツいからそうする……」
……らしい理由を聞けてしまった。
そんなわけで一旦帰宅し、荷物を置いてから近所のドラッグストアへ。
日用品と合わせて食料も購入し、本日の買い出しは結構あっさりと終了。
冴山さんお手製のお昼を食べて、午後からはゆったりと過ごし始める。
「そういえば、火事で失ったモノって服と日用品だけ?」
リビングで宿題をこなしながら尋ねてみると、隣で一緒に勉強中の冴山さんは首を横に振ってみせた。
「う、ううん……もっと大事なモノも燃えちゃった……」
「それって?」
「……本」
「あー……」
冴山さんと言えば本だ。
通学中も、学校での休み時間も、見かけるたびに本を読んでいる。
それが全部燃えたんだとすれば、冴山さんの喪失感は計り知れない。
「……ちなみに電子書籍版も持ってるとかは?」
「ほ、本は紙じゃないとダメ……っ」
「おっと……冴山さんは紙派だったか」
「……芳野くんは?」
「電子派」
「敵……っ!」
「いや、紙の本が良い理由も分かる人間だよ僕は。でも結局物理パッケージって有事の際に今の冴山さんみたいなことになるわけでね?」
「うぅ……何も言い返せない……」
「でも本が燃えたのは素直に同情するよ。何冊くらい燃えたの?」
「えっと……100冊くらい……」
……大打撃だなぁ。
「ちなみに冴山さん……燃えたのってほぼ推理モノ?」
推理小説が趣味って話だったけど。
「う、うん……燃えたのはほぼそう……」
「なるほど……だったらそれ、どうにか出来るかもしれない」
「……へ?」
「ちょっと来て」
僕は椅子から立ち上がって2階へ。
何も分かっていない冴山さんが後ろに続く中、やがて僕が入り込んだのは親父の書斎だ。
壁際に本棚がある。数百冊規模のドデカいヤツだ。
そして、それを捉えた冴山さんがハッとしていた。
「――す、すごい……それ全部推理小説……っ」
「あ、見る人が見ればやっぱり分かるよな」
ひと目で分かるのはさすがだと思う。
「そう、コレ全部親父が集めてる推理小説のコレクションなんだよ」
冴山さんの言葉を肯定しつつ、僕は本棚を軽く物色する。
「長期出張に行く前までのレパートリーだから、ここ1年くらいは未更新なんだけどな」
けれど、物置に仕舞われている分も合わせれば1000冊を超える大コレクション。
そして、冴山さんをここに連れて来た理由はもちろんこういうことだ。
「良かったらこれ、好きなときに好きなだけ読んでくれていいよ」
「えっ……い、いいの……っ?」
「ああ。燃えたモノの完全な代わりにはならないと思うけど」
「う、ううん……っ、私が読んでないシリーズもたくさんあるから、読んでいいならすごく助かっちゃう……っ」
前髪の隙間から覗く瞳がキラキラと輝いていた。
良かった、喜んでくれたみたいだ。
「で、でも本当にいいの……? お父さん、怒ったりは……?」
「大丈夫。親父は布教するタイプだから。僕もよく読まされたし」
幼い頃から僕に対して散々「これは良いぞ」「こっちも良いぞ」と読ませてきたような人だ。誰かの手垢が追加されることを嫌がる性格じゃない。
「そ、そうなんだ……じゃ、じゃあちなみに、芳野くんの好きな作品は?」
「そうだなぁ……パッとは思い付かないけど、クローズドサークル系が好きかな」
「――い、いいよねクローズドサークルっ。私は叙述トリック系が好き……っ」
「叙述トリックってたまに帯とかでネタばらしされてるのやめて欲しいよな」
最後の1文ですべてがひっくり返る!! 的な文字が帯に書いてあるのはもはやギャグかと思った。バラすなよ。綺麗に騙されたいんだからこっちは。
「まぁとにかく……ここにある本は好きに読んでくれていいから」
「あ、ありがとう……っ。でも、与えられてばっかりだから、ちょっと奮発してお返しするね……?」
「?」
ちょっと奮発してお返し……。
はて。
そんな風に首を傾げていた僕がその言葉の意味を理解することになったのは――、
「――お、お邪魔します……っ」
「!?」
この夜の入浴中、冴山さんがバスタオル一丁で浴室に踏み込んできたその瞬間のことだった……。
――――
つづく
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます