僕と兄の場合

惣山沙樹

僕と兄の場合

 兄の自傷癖はマシになるどころか酷くなってきたけれど、それで多少気が済むのなら構わないと思うようになってきたし、切ったばかりの血を舐めてやると薄い眉を下げて満足そうに微笑むので、これはこれでアリだなと僕も満足している。

 確かに無理やりなことをした。手足を縛って口にボールギャグを噛ませて目隠しもした。弟の中に射精してしまったのだと兄が気付いたのは、目隠しを外して僕が見せつけてからだったので、ボロボロ涙を流して震えていたっけ。

 あの日から兄は僕の言いなりで、両親の目を盗んでは交わるようになり、可愛い悲鳴もあげてくれたけど、カッターで自分の身体をあちこち切るようになってしまったのだ。


「ねぇ、じゅんちゃん、また切ったの?」


 今度は太ももだ。Tシャツにボクサーパンツ姿だった兄は腕をだらりと垂らしてベッドの上に座っていた。つうっ、と傷痕を舐めてみた。少し固まりかけていた血が溶けて口の中に鉄の味が広がった。


「美味しい。潤ちゃんから出たものは何でも美味しいねぇ。血も、汗も、涙も、唾液も、白いのも」


 兄は何も応えなくて腹が立ったので突き飛ばして仰向けにさせて馬乗りになった。


うみ……痛い……」

「キスして」


 アゴを掴んで兄の口内に舌を入れた。兄はどこまでも受け身で自分から動かすことはなく、そろそろ積極的になってくれてもいいのにと考えると意地悪をしたくなった。僕は兄の舌を強く吸ってかじりついた。


「痛っ……!」


 兄は僕を引き剥がして涙目で睨みつけてきた。僕は体重をかけて兄をベッドに押し付けもう一度侵入した。新鮮な血を余すことなく舐め取ってやり兄の頭を撫でた。そういえば最近美容院に行っていないようだ。兄の前髪は鬱陶しく伸びていた。


「海……今日もするの……」

「うん。準備してきたし。それにさぁ、潤ちゃんだって本当は気持ちいいんでしょ? この前も腰が動いてたよ……弟にすりつけるのがたまらないんでしょう、本当は」


 兄は下唇をぐっと噛んで目もきゅっと瞑った。とっくに快楽に堕ちているくせに認めたくないのが兄らしい。それでこそ僕の大好きな人だ。でもそろそろ壊れてほしい。


「潤ちゃん。一度やったんだから二度目も三度目も一緒だよ。もう弟とやることやっちゃったんだ。開き直りなよ……」


 その日も僕が動いた。僕もすっかり慣れてきて、余裕も生まれてきた。今二人の肉体がどうなっているのか卑猥な言葉で説明して煽って頬を染めさせた。

 すると、僕の自由にさせていた兄が、ぐっと身を起こしてこんなことを言ったのである。


「俺がやる……」


 僕は悦んで兄に身をゆだねることにした。衝動に任せた腰使いはお世辞にも巧いとは言えなかったけど、ようやく兄が自分の欲望に素直になってくれたことに僕は歓喜した。


「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ」


 兄の激しい呼吸が響く室内で僕は確かに段階を進められたことを実感した。兄が果ててしまってから僕はカッターを持ち出して兄の手首にあてた。


「今日は潤ちゃんが素直になった記念ね」


 そう深くはしない。薄っすらと滲む程度。左手首にしたのは腕時計で隠せると思ったからだった。スパリ、と一度だけ切ってすかさず舌をあてた。


「ごちそうさま」


 兄は口元を歪めた。


「あはっ、あははっ、あはっ……」


 僕は自分の手で兄を汚して後戻りができないくらい沢山のことを刻みつけることができた。きっとこれが「幸福」というものなのだろう。二人の幸せを守るためには僕は何だってする。兄の身体が千切れて頭しか残らなくなったとしても僕はそれを愛そう。兄弟の絆は水よりも濃いのだから。

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僕と兄の場合 惣山沙樹 @saki-souyama

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