第56話
駅事務所で待つこと30分。中隊が駅に到着し、暗闇の中陣地構築が始まっている。結局、駅にいたのは軍需物資の事務を行なっている補給分隊10名だけだった。後は当直勤務の駅員が数名。私達が到着したのが夕方だったので、ほとんどの職員は定時で帰宅したところだったようだ。ホワイトな職場で素晴らしい。
駅には駅周辺と市街の詳細な地図があった。広大な操車場を持つ駅周辺にはあまり建物が無い。広大な操車場と倉庫群の鉄道施設を除けば、駅前に商社の建物と食堂、ホテルが一軒。あとはぽつぽつ民家が建っているくらいで残りは畑。1マイルほど行くと市街地に出るようだが、日本の駅と比べるとかなり寂しい印象だ。なんというか、地方の空港に近いイメージだろうか。市街戦の可能性がいったんは遠ざかり、心底ホッとした。ここからどうなるかは分かったもんじゃないが、なんかこううまいことやって一般の人は巻き込まないようにしたい。
「コートリー中尉、移動しましょう。ホテルを司令部として使用できる目途が立ちました」
「あ、はい」
シュメルツァー大尉に声をかけられ、事務所を後にすると外はもう真っ暗だった。駅の点けられる灯りは全部点けているので、来た時よりは駅の全景が見える。ホームに相当するであろう平らな空間の両側を線路が走っている以外は、あんまり駅っぽい空間は無い。後は車庫みたいな建物と倉庫、なんか塔みたいの。それと枝分かれした線路がいっぱい。これで「鉄道の要衝」なんだな。
「ホテル、使わせてもらえるんですね」
「ええ。我々の宿泊を拒否すると共和国の法令に違反しますので」
「え?」
「正当な料金を支払う者に対して国籍、人種その他の理由で宿泊を拒否してはならない、という宿泊業法があります。ホテルの支配人も最初は難色を示していましたが、こちらが現金で支払う以上拒否はできません。幸いなことに他の宿泊客の皆様も中心市街での宿泊を希望されましたので、1棟全て我々で使用できます」
「へー…」
相手国の法律まで把握してるのか。士官ならそれが当たり前なのかな?
「元々は南方植民地出身の従者を連れた貴族が宿泊を拒否されたことに激怒して出来た法律だそうですが、活用できるものは活用させていただきましょう」
「へー…」
どの世界でも特権を振りかざす人っているもんなんだな……。その貴族も侵略してきた軍隊が活用するとは思ってもみなかったろう。感情で立法ダメ絶対。
「それにしても現金?あったんですね」
「どの戦場にも給与の現金支払いを要求する兵士はいるものです。師団規模ともなればその支払準備金は莫大な金額になりますので、ホテルに数日宿泊する程度であれば何ら問題はありません」
ここでも出てきた鹵獲品。重火器から現金まで色々使わせてもらってるけど、それこそ法的には大丈夫?大丈夫なんだろうな、シュメルツァー大尉が平然としてるってことは。
ホテルは駅舎から出てすぐのロータリーを挟んで反対側に建っていた。3階建てでそれほど大きくはない。あーなんか寂れた駅前にあるよねこういうビジネスホテル。外観はずっとおしゃれな感じだけど。
中に入ると、薄暗いロビーには中隊の兵士達が何名かいた。奥のカウンターに眼鏡をかけた初老の男性がいる。この人がたぶん支配人なんだろう。シュメルツァー大尉が何事か話しかけると、鍵を差し出してきた。
「従卒と3人で泊まっていただきます。広めの部屋をと指定してあるので、特に問題はないかと思いますが」
「ありがとうございます」
3人1部屋は慣れたものだ。塹壕の横穴より酷い部屋ってことはあるまい。なんならロビーのソファでも上等なくらいだ。
「本日は私と中隊長は今後の打ち合わせを行いますが、コートリー中尉には同席していただく必要はありません。明日〇六〇〇にまたロビーで」
「了解しました。防御はかけ続けておく必要はありますか?」
「今は必要ありません。戦闘になればまた指示しますが、敵も守備隊がどうなったのか分からない状況では簡単には手を出してこないと考えています」
「はい」
ここの分隊長、慌てすぎてリール市街の守備隊本部に一報も入れずに私達の前に出てきたらしい。鉄道駅なので電信設備もあるしどうとでも連絡は取れたはずだが、何の指示もなく放り出された兵卒が勝手に行動できるわけもない。当直の駅員は何が起きているのか分からず動けない。結果、我々は情報を秘匿したまま分隊を拘束し鉄道駅を占拠している。……私は軍人としてどうこう言えるような立場じゃないかもだけど、ちょっとどうかと思う。
「ええと、私達の部屋は3階みたいです。今日はもう休みましょうか」
「了解しました」
「了解です。ごはんどうしますか?」
「えーと…」
「軽食程度なら用意できるそうです。中隊全員分とはいきませんが、士官と従卒分程度であれば問題ないでしょう」
「ありがとうございます」
シュメルツァー大尉をチラ見するとすぐ答えてくれた。軽食でも何でも戦闘糧食よりはマシだろう。遠慮なくルームサービスを依頼して、私達は艶のある木製の階段を上がっていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます