第55話
同行することになったのは寡黙な感じの少尉だった。一言「よろしくお願いします」と言葉を交わしてから歩くこと30分、何も会話が無い。まあベラベラ雑談しながら歩くのも変だろうけども。
少尉以下41名と私達聖騎士団3名は、駅まで続く道を進んでいる。途中で民家を通り過ぎたが、皆あんぐり口を開けて私達を見た後、慌てて家に駆け込んでいた。戦争が始まってから1年、ずっと後方だった地域だ。帝国軍が侵入してくるなど考えてもいなかったのだろう。目撃されても通信手段が無いので問題ないらしいが、偵察ってこういうもんだっけ?
しばらくすると長く続く土手みたいのが見えてきた。鉄道の線路だ。あれに沿って進めば駅に着く。太陽が沈み、東の空から深い紺色に飲み込まれていく時間。まだうっすら明るい道を進んでいく。
「…ぜんぜん街って感じじゃないね」
「中心市街からはまだ遠いですから。駅に近付けば少しは変わってくるかと」
線路以外は一面の畑。街灯の一つも見えない。本当に駅に向けて進んでいるのか不安になるが、この時代は都市って言ってもこんなもんか。
さらに15分ほど進むと、畑の向こうに黒々とした建物が見えてきた。並びからすると倉庫っぽい。周辺にもぽつぽつそれなりに背の高い建物が見える。どうやら駅に到着したようだ。相変わらず街灯1つ見当たらないが、何となく人の気配はする。一応小隊全員に防御をかけておく。
「ええと、少尉。駅に警備兵がいるかもしれませんが、いったん交戦は控えてください。まずは交渉してみます」
「了解」
「…………」
「…………」
「……よろしくお願いします」
寡黙な少尉以下小隊の面々に先行し、私達3名が先頭を進む。低い柵で囲われた倉庫群の横を通り過ぎると、電気の点いている詰所が見えた。見える範囲で兵士は2名。ものすごく暇そうに椅子に座っている。陰になっている私達のことは見えていないようだ。ユーリアを振り返ると黙って頷くのが見えた。ひとつ息を吸って、座っている兵士に近付いていく。
「こんばんは」
声を掛けると、2人は不思議なものを見る目で私を見た後、慌てて立ち上がった。壁に掛けてあった小銃を取ろうとして盛大に転がし、拾おうとして自分も転ぶ。絵に描いたような大慌てだ。
「ユーリア、司令官と話したいと伝えて」
「はい」
ユーリアが共和国語で話し掛けると、小銃を構えていた2人も何事かを返す。銃口を向けるのはいいけど、装填動作をしてないから引金引いても弾は出ないよ、たぶん。
「閣下、こちらの所属と目的は伝えました。イーペルが陥落したことを知らなかったようですね。駅の事務所にここの責任者がいるようですので、彼に伝えるとのことです」
ユーリアが頷くと、1人が駆けていった。もう1人が青い顔で私達をぐるぐる見ている。女子供が帝国軍の軍服を着て夜に現れたらまず悪戯を疑うところだろうな。既に後ろに展開している小隊も見えているだろうけど。
しばらくするとバラバラと足音が聞こえ、たぶん階級が上であろう人がやって来た。共和国軍の階級はよく分からないけど、帝国と似たようなものなら軍曹だろう。私達と倉庫の陰に見え隠れする兵士にいったん足が止まったが、またゆっくり近付いてきた。
「えーっと、とりあえず彼が責任者ならこう伝えてください。我々の目的は駅の制圧。交戦は避けたいので、ここから撤退するか投降するなら我々も攻撃を加えないと約束する、と」
「了解しました」
ユーリアが通訳してくれている間、相手の責任者はユーリアと私の顔、そして階級章を順番に見続けていた。懐かしいなこの感じ。イーペル着任直後もずっと二度見されてたっけ。
「撤退も投降もできないとのことです。我々の司令官は誰か、と聞いています」
私です。信じられないだろうけど。女しかいないこの集団を投降を促すための平和使節みたいな形で納得したのだろう。ユーリアとスザナは看護徽章を付けているからなおさらだ。このまま話していても埒があかなそうなので、物陰でじっとこっちを見ている少尉に手を振って合図した。すぐに意図を察して部下を連れて来てくれる。圧力は増しているはずなのに、相手の責任者の顔は少しホッとしたように見えた。でっかい帝国軍人が現れた方がまだ理解しやすいのだろうか。
「こちらが駅守備隊の責任者だそうです。少尉、自己紹介を」
「アルフレート・カント。陸軍少尉」
「…………」
「…………」
「……です」
中隊長、敵との交渉も予想されるならもう少し社交的な人を選んでもらえたら嬉しかったな…。
「もう一度通告します。こちらとしては交戦は望みません。撤退か投降を」
ユーリアが通訳すると、相手と口論みたいになった。中年に差し掛かったたぶん軍曹に対して、ユーリアも一歩も引かない。わいのわいのやっている後ろで、共和国の兵士が小銃を手におどおどしている。暗くてよく分からないけど、ぱっと見すごく若い。訓練を終えたばかりの新兵だろうか。
「閣下、共和国軍人として撤退も投降もできないと。それと、色々と侮辱的な言葉を吐いていますが」
ユーリアがうんざりした表情で私を見た。ごめんね、嫌な役回りさせて。
「了解しました。……まあ、とりあえず何とかなりそうです」
奥の暗闇から数名の兵士が近付いてきた。そのうちの1人が駆け寄ってくる。
「報告します。駅事務所の制圧を完了。共和国軍兵5名を確保。中心市街に向かう道路には検問を設置しました。現在周辺施設の確認のため二個分隊が展開中。以上」
「了解」
伍長の報告に少尉が敬礼を返す。後手に縛られて脇を抱えられた共和国軍兵士が目に入ると、私達と話していた責任者の男も目に見えて動揺し出した。
私達が交渉している間、小隊はぼんやり待っていたわけではない。今回の目的は偵察。リール鉄道駅への敵軍の配備状況を確認し、後続の本隊の安全を確保するために時間は無駄にできない。私達を見守る少尉以下一個分隊を残し、他は駅全体に散っていった。
幸いなことに守備隊の練度は低く、指揮官ものこのこ出張ってきてくれた。歴戦の帝国軍兵士にとって、混乱した共和国軍の守る駅中枢施設の制圧など赤子の手を捻るようなものだったろう。
「ユーリア、もう一度同じ内容を伝えて。撤退か、投降を」
「了解しました」
彼等は4名。周囲を取り囲む帝国軍は十数名に増えた。主要施設は押さえられ、既に捕虜になっている兵士もいる。しばらく黙り込んでいた責任者の男は、がっくり項垂れて両手を上げた。すぐに帝国軍の兵士が武装解除を進めていく。
「少尉、本隊に伝令をお願いします。駅周辺に脅威なし」
「駅周辺に脅威なし、了解」
今のところ銃声ひとつ聞こえない。雲が流れ、晴れた空には星が輝き始めていた。
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