とある共和国軍士官の記録

 いびつな円形に穿たれた穴の底には水が溜まっている。今測量班が走り回っているが、大まかに100ヤードはあるその縁に立つと、爆発の大きさを改めて思い知らされる。

 まだ朝になり切らない午前6時前。起床ラッパの前に師団全員を叩き起こした轟音。空に立ち上る黒煙が司令部からも見えた。敵の攻勢が予測されている中で起きた今回の敵襲。対応できたはずのそれによって、我が師団は大打撃を受けた。張り巡らせた塹壕線を悉く突破され、後方まで侵入してきた敵によって弾薬庫を爆破された。砲兵大隊2週間分に相当する弾薬と共に周辺施設も喪失。2時間程度で敵は撤退したようだが、その短時間で幅1マイルもの防衛線が機能を喪失した。

 被害状況の確認は遅々として進まない。侵入してきた敵は塹壕を崩すだけでは飽き足らず、ご丁寧に大量の罠を残していってくれた。塹壕内に放り込まれた鉄条網を除去しようとすると、こっそり結び付けられた爆弾が爆発する。友軍の死体を起こせばその下にも手榴弾がある。使われている爆薬は我が共和国のものだ。馬鹿にしているにも程がある。工兵が文字通り出血を強いられる中、全容を把握するには1週間はかかりそうだ。防衛線を復旧させようとしたら1月はかかるか。新しく塹壕を掘った方が早いかもしれない。

 比較的後方の野砲陣地の被害報告が届いた。全砲から尾栓が抜かれ、台座が破壊されている。全損と言っていいだろう。おそらく他の陣地も状況は変わらない。最大30門の野砲を失ったことになる。配備が始まったばかりの新型砲も同じ運命か。

 現在回収できた死者は120名。行方不明者はその数倍。弾薬庫の爆発に巻き込まれ跡形も無くなった者もいるだろう。1日で受けた被害としては、開戦以来最大ではないだろうか。夜警担当中隊の生存者は確認できた範囲で2名。その生存者も正気を失い兵士としてはもはや使い物にはならない。文字通りの全滅だ。

『不死者だ。帝国は不死者を操る術を手に入れた』

 意味不明の言葉を発し続け正常な会話が成立する状態ではないが、撃っても刺しても死なない敵が襲ってきたという点で生存者2名の証言は一致する。違う小隊に所属する2人は別々に配置されていたはずで、保護された時の状況から言っても口裏合わせをする暇があったとは考えにくい。敵前逃亡に問われるのを避けるために無理筋の証言をする兵士はいるが、どうやらそういう雰囲気でもない。帝国が何かしらの手段で防御力の高い集団を編成し、攻撃してきたことは確かなようだ。

 鋼鉄の鎧がマスケット銃の前にその役割を終えてから早数百年。銃弾から人体を守る方法はまだ研究途上だ。粘土や皮革を組み合わせて鋼鉄よりも高い防弾性を持たせた素材というのがあるとも聞くし、今回の戦闘ではその手の新装備が使用された可能性がある。そうなると、帝国の目的は新装備の効果検証か。

 ヌガレ方面で敵の大規模な攻勢準備が進んでいるとの情報に基づき、共和国軍も配置転換を進めている最中に起きた今回の襲撃。師団からも大隊規模を抽出して派遣した矢先に、さらに大隊規模の兵士と、貴重な重火力を喪失した。いったんは重砲の火力支援で穴を埋めるにしても、防衛線の菲薄化は否定しようがない。対する帝国軍が連隊規模とはいえ、隙を突かれたら今回のような大打撃を受けることもある。ここを突破されたら本国の鉄道の要衝、リールまでは一本道だ。司令部は状況を把握しているのか?

 低い羽音が晴れた空から響いてくる。ここ数週間で急に増えた帝国軍機による航空偵察だ。帝国中の航空機を集めたのかというほどの数が、この西部戦線に投入されている。ヌガレでは小規模ながら爆弾を降らせてきたりもしていると聞く。我が共和国の航空機も対抗しているようだが、数が圧倒的に足りない。空飛ぶ機械の発明は共和国の方が先だというのに情けない話だ。

 ポンッと乾いた音が響く。罠で仕掛けられていた手榴弾を処理したのだろうか。重い鉄帽を脱ぎ、吹く風に髪を晒す。埒があかない思考を振り払い、目の前の被害状況確認に気持ちを切り替えた。

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