第41話

「デューリング少佐。作戦参謀としての意見が聞きたい。中尉のこの能力は使えるか」

「現状では否定する。不確定要素が多すぎるし、中尉一人の能力に頼った作戦計画は承認できない」

 少佐が険しい表情で頭を擦る。

「今日の作戦も中尉の能力に頼りきりだったと思うが?」

「俺は気に食わなかったが上の肝煎りだ。中隊が全滅しても構わない、むしろそれが『黄』号作戦の攻勢正面を隠すことになると言われたらそれ以上何も言えん」

 なんかさらりと酷いことを言われた気がする。作戦が失敗した方が都合が良いと考えていた人がいたってこと?少佐の「上」ってことは、シュメルツァー大尉が立案した作戦ではなかった?

「使えるとしたら暗殺だな。貴様の領分だ、ホイアー情報参謀殿」

「失礼な。我が帝国は暗殺などという卑劣な真似はせんぞ」

「帝国としては、な」

 不穏な会話に置いてけぼりになる私に、中佐がニヤッと笑いかけてくる。

「中尉、その能力についてはここだけの秘密にしておけ。どう使えるのか検証する必要はあるかもしれんが、こそこそネズミ相手に使うくらいで我慢しろ」

「はあ」

 むしろネズミ相手でもやりたくない。人間に対してどれほどの効果があるのかはたった今確認できたし、私としてはそれで十分だ。

 ──やってみて分かったけど、呼吸を止めるだけなら怪我を治すよりもずっと負担が少ない。ほんの少し、人間が保っている体のバランスを崩しただけ。たぶん、連隊全員に同じことをしても私が倒れたりはしないと思う。

「私としても大っぴらに知られたくはありません。中佐殿は、その、報告もしないつもりですか?」

「今の所は、な。情報には使うべき時がある。それは今ではない」

 ホイアー中佐の一存で隠蔽して良いんだろうか。デューリング少佐も、書記の准尉も何も言わない。そういうものなのか、何か面倒なことに巻き込まれているのか。

「しかしまあ、聖女と崇める連中が居るのも納得だな。あの快感もわざとやっているのか?」

「快感?」

「回復する時に、強烈な快感というか高揚感というかが襲ってきたぞ。兵士からの調書でも治癒を受けた時の快感について言及しているものがあった。実際に体験してみると、このためにわざと怪我をする奴等も出てくるんじゃないかというくらいだな」

「えーっと…」

 快感…は知らなかったけど、苦痛を感じている時にはいわゆる脳内麻薬が出る。私の力が治癒能力を加速させるなら、そういうのもとんでもない量が出ているのかも?

「わざとではないですが、そういうこともあるかもしれません」

「デューリング、貴様も試してみろ。病みつきになるかもしれんぞ」

「遠慮しておく」

「つれないな。天に召されるかと思った後に天に召されたかのような快感がやってくる体験などなかなかできるものではないぞ」

「そんなことより、確認したいことがある」

 デューリング少佐が私を見る。少佐の瞳が、深い、翡翠みたいな緑色なのに初めて気付いた。

「コートリー中尉。貴様は何故帝国のために戦う?大佐との間で何かあったんだろうが、個人としては帝国に忠誠を尽くす理由は無いはずだ」

「それは…」

 その為に召喚されたからです。

 大佐の目的はそれだった。苦境の帝国を救う為に訳の分からんオカルトに手を出した大佐の儀式で、何故か私が呼び出された。意味不明すぎる大佐の館での生活。そこから抜け出したくて、逃げ道として軍を選んだ。いやそれも大佐が全部お膳立てしたのか。結局、私は大佐の思惑に従ってずるずるここまで来ている。

「…何故でしょうか?」

「正直すぎるな。士官学校の答案なら0点だ」

 呆れ顔の少佐には悪いが、実際私には戦う理由がない。与えられた仕事をなんとなくこなしているだけ。そういう意味では日本にいた時と変わらないか。言われた仕事を、自分のキャパも考えずにただやっている。そんな生活から逃げ出したいという漠然とした想いがあったから、こうしてこの世界にいるんだろうか。結局やってることが同じなのだとしたら皮肉な話だが。

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