第36話

「あの、仰ることの意味がよく分かりませんが」

「ふむ?反乱というのはだな、軍の内部において敵軍に内通、あるいは独自に…」

「いえ、そうではなく」

「では、扇動というのは…」

「いえ、あの」

「あんまりからかってやるな。ガキをいじめて喜ぶのは趣味が悪いぞ」

 少佐が憮然とした顔で止めてくれた。本気で疑われているわけではないようだが、それにしても反乱?扇動?

「その、本当に何のことだか分かりません」

「容疑者というのは皆そう口にするものだ」

「ホイアー中佐」

「まあそう怒るな、デューリング。普段は癖のある連中ばかり相手にしてるんだ。こういう素直な奴はいい。心が洗われるようだ」

「はあ」

 どう対応していいのか分からずおろおろする私を見て、中佐の口元が綺麗な弧を描く。こういういじめっ子っているよね…。

「では中尉のために丁寧に説明していこう。まず今日歌っていた小夜啼鳥の歌、どういう歌だかは知っているな?」

「王国を讃える歌、だかだと聞きました」

 ユーリアがそんなことを言っていた。さっき中佐も愛国歌だと言っていたし、それなりに有名な歌のようだ。

「そうだな。それとヤンセン中隊、構成しているのが連合王国出身者だというのは気付いているか?」

「そう、なんですね?」

「まるで気付かんのか。そんなもんか?」

「はあ」

 私の世界で言ったらフランス人とイタリア人の区別が付くかどうかみたいな話でしょ?無理。逆に中佐にはアジア人の区別は付かないと思う。だから私が植民地出身なんていう身分証明書が疑われもせずに通用しているんだ。

「そして中尉の従卒も連合王国出身だな。足繁く様子を見に来てくれて、癒しを与えてくれるとなれば兵卒からの人気は天井知らずだ。聖女だ何だと持ち上げるのも頷ける」

 なんとなく話が見えてきた。連合王国出身の美女を引き連れ日々兵士の人気取りに励み、連合王国出身者で編成された中隊を率いて戦い、連合王国の歌を歌い連合王国の旗を掲げて戻ってきたのだ。何か含む所があると思われても仕方ない。

「あの、兵士の治癒は私の職務です。ユーリア伍長が連合王国出身なのは偶然ですし、ヤンセン中隊が連合王国の人達で編成されているのも今知りました。それで反乱とか言われても、正直困ります」

「ふむ。偶然。偶然か」

 ホイアー中佐が両手を組み、グレーの瞳でじっと私を見る。初老と言っていい年齢で皺が刻まれているが、活力を感じさせる肌。自分の今までの仕事に自信を持っている男の顔だ。

「なあ中尉、ユーリア伍長は自分で選んだのか?」

「いえ、選んでいただきました。スザナ上等兵も同様に、野戦補給廠に着任した時点で」

「選んだのは誰だ?」

「大佐です。第3軍参謀の」

「なぜその2人だったのか、理由を聞いたか?」

「いえ」

 言われてみれば、なぜあの2人だったのだろう。明るくてよく働くスザナと、芯が強く冷静で実務面でも頼れるユーリア。私達は良いチームだと思う。でも、大佐はそんなことを考えて2人を選んだのか?

「それで、あー、その大佐だがな。どういう人物か知っているか?」

「えーと…」

 どういう人物、と言っても。私の知っている大佐と言えば。

「変わり者?」

 ぶっとデューリング少佐が吹き出して、決まり悪そうに口元を拭った。中佐も苦笑している。

「一介の士官がそう評するか。命知らずだな」

「はあ」

「あれでもな、ザクセン家の直系だぞ」

「はあ」

「……ザクセン家も通じないのか?」

 ホイアー中佐が呆気に取られた顔をしている。ザクセン家と言われても、私に帝国の事情なんて分からない。…いや待てよ?どこかで聞いたような?

 ああ、そうだ。拾った教科書に出てきた。帝国の歴史の中で、帝室に次いで大きな影響力を持つ一族。ザクセン大公。ザクセン選帝侯。ユーグレイム公ザクセン家。あと何だっけ。なんか平安時代の藤原氏みたいなもんかと思った記憶がある。

 …あれ?大佐ってめちゃくちゃ偉い人なのか?

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