第31話
よく晴れた朝。私達の物干場では、ロープだけが少し強い風に揺れている。作戦開始を明日に控え、私は一人新しく支給された小銃を片手にぼんやり土色の景色を眺めていた。
そう、小銃が新しくなったのだ。さようなら歩兵銃。これからよろしく騎兵銃。なんか使用する銃弾は同じで長さを詰めて軽くしてあるらしい。体感では前のより1kgは軽い。肩に食い込む感じはかなりマシになった。前使っていたのはユーリアが欲しいと言うのであげた。私は一回も本来の用途では使わなかったが、ユーリアはやる気満々で装弾して試射していた。わりと遠くの枯れ木にバスバス命中させていて、もはや看護婦というより兵士だ。
ゆっくり土壁に沿って一周すると、今日も置き土産があった。縁ギリギリのところに、両手に余るくらいのネズミが一匹。首と腹を食いちぎられて、既に死んでいる。ここ一週間くらい物干場にデリバリーされるこいつは、ある種の恩返し、だろうか。
『黄』号作戦の説明があったあの日、焼き鳥を食べ終えた私は後片付けを任せてこの物干場でぼーっと空を眺めていた。そんな時、騒がしい鳴き声が耳に届いた。見るとカラスの集団が何かに襲いかかっている。何故かは分からないが、私の中で「助けなきゃ」という思いが急激に膨らんで、気付いたら走り出していた。小銃をでたらめに振り回すと、カラスの群れは遠巻きに散っていった。
全身傷だらけで震える猫くらいの大きさのそれは、フクロウとかミミズクとかいった類の鳥っぽかった。何か見分ける基準があるんだろうけど、私には分からない。片目を潰され警戒感も露わに羽ばたくそれに、私の手からふんわり緑の光の粒が飛んでいく。程なくきれいさっぱり傷が消えたそれは、不思議そうに首を90°曲げた。そっと手を差し出すと、ゆっくり片足を乗せてくる。ごつい爪の付いた足で器用に私の腕を登ると、いいポジションを見つけたのか大人しくなった。
とりあえず物干場に戻って、張ってあるロープに移ってもらう。風でゆらゆら揺れるのも、彼?彼女?にとっては日常なのだろう。目を閉じて静かにしているので、私もそっとその場を離れた。宿舎に戻ると、スザナが一斗缶みたいので何かを作っていた。
「今度は何してるの?」
「肉余りましたので。取っておきますね」
缶を焚き火の上に置いて、青い葉の付いた枝の束を焚べると猛烈に煙が立ち上る。どうやら燻製を作ろうとしているらしいのは分かった。こんな狼煙みたいにしてて怒られないのかな?
「おかえりなさい。片付けは終わったのですが、その」
「ああうん。まあいいんじゃないかな?」
少し困惑した感じのユーリアが顔を覗かせる。まあ怒られるのは私だろうし、煙めがけて砲弾が飛んできてもどうにかできるし好きにしてもらえばいいか。
「あ、そうだ。物干場に鳥がいるけど驚かないでね」
「肉ですか?」
「肉じゃない。なんかフクロウみたいのがカラスに襲われてたから助けた」
「こんな昼間に?ああ、昼間だから目が効かず襲われていたのでしょうか」
「そうかな?たぶん」
ユーリアが少し思案するように上を向く。日差しに照らされ輝く金髪に美しい顎のライン。色気の欠片もない軍服を着ていても、彼女はぱっと華やかだ。
「夜のお嬢さんを助けると幸運が訪れるそうですよ」
「夜のお嬢さん?」
「この辺りではフクロウをそう呼びます。フクロウを助けて恩返しに宝物を届けてもらうおとぎ話があるんです」
「へえ。後で聞かせて」
そんな会話をしていた次の日から、宝物ことネズミの死骸が物干場に届くようになった。この辺りのネズミは我等聖騎士団の地道な努力により姿を見せなくなったので、夜のお嬢さんがせっせと運んできてくれているのだろう。気持ちだけはありがたく受け取っておく。懐かれているようなので名前を付けようという話になり、私の発案で『夜』と呼ぶことになった。こっちの言葉でも「ヨル」なら違和感のない響きらしい。
「本当に気持ちだけでいいからね、『夜』」
軍司令部からの情報では、明日の天気は晴れ。『夜』の運んでくれる幸運が、皆に届きますように。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます