第30話

 昼食をとりつつ作戦について説明すると、ユーリアとスザナどちらも即答で参加を決めた。

「前にも申し上げましたが、帝国軍に志願入隊した時点で覚悟はできています。参加しないという選択肢はありません」

「うん、ありがとう」

「お仕事大事ですね。お金出ますか?」

「うん?たぶん?」

 危険手当的なやつがあるんじゃなかろうか。そういえば私の軍医中尉としての給料ってどうなってるんだ?貰ったことないぞ?

「スザナはその、大丈夫?戦争だから死ぬ人たくさん見ることになると思うけど」

「死体だいじょぶですよ。野戦病院にもいっぱいありました」

「ああうん、そうかもしれないけど」

 病院で死んだ人を見るのと目の前で殺し合いしてるのとではかなり違うと思うけどな。とりあえず本人がいいと言うならいい、か?

 釈然としないままいつものパンとスープを食べ終え、洗い物をしていたらお迎えが来た。キラキラした目の兵士に先導されて、塹壕内をうねうね進む。いつも食事を受け取りに行く野戦厨房の横を通り抜け、倉庫として使われている区画の先にヤンセン中隊の宿舎はあった。わざわざ全員整列してくれているようで、狭い塹壕に沿ってずらっと兵士達が一列に並んでいる。

「聖女様にィッ、敬礼ィッ!」

 響く怒号に皆が一斉に敬礼した。縮こまりながらその横を抜けていく。軍隊式の歓迎ではあるが、できればやめて欲しい。どうにもこういうノリは苦手だ。通り過ぎると直立姿勢に戻るのも、もっと楽にしててくださいね?という気持ちにしかならない。百何十人だかの歓迎を受けた先に、相変わらず笑顔のヤンセン中尉と小隊長達が待っていた。

「ご足労いただきありがとうございます。我が中隊は聖女様を歓迎いたします」

「はあ。ありがとうございます」

「どうぞこちらへ。むさ苦しい所で申し訳ありませんがご容赦願いたい」

「はあ」

 案内されるままに少し広くなっている区画に入る。私達が物干場に使っているくらいの広さの場所に、テーブルと見慣れた地図が置いてあった。穏やかに晴れた空に爽やかな風。ちょっとしたピクニック気分だ。今回はユーリアとスザナにも無関係な話ではないので、そのままついてきてもらう。

「作戦の大枠については先程参謀閣下から説明のあった通りですが、現場での臨機な対応については私に一任されております。草案を作成いたしましたので忌憚なきご意見を頂戴いたしたく」

「あの、何というかそこまで丁重に扱っていただかなくても。私も中尉で階級は一緒ですし、おそらくヤンセン中尉の方が先任でしょうから」

「私は聖女様がいらっしゃらなければ二度死んでおります」

 すっと真面目な表情になったヤンセン中尉に思わず私も背筋が伸びる。

「一度目は着任早々の戦闘でした。地雷で足を吹き飛ばされ軍医殿にも見放されていた私は、野戦補給厰まで後送され聖女様に救われたのです」

「ああ…あの時の」

 ユーリアが腑に落ちたような顔をしている。私は全く覚えていないが、治癒後の問診やら何やらの実務で兵士と関わることの多い彼女には分かったようだ。

「ユーリアは覚えてる?」

「ええ。治療後にトラックから降りてくるなり全裸で閣下に迫った男ですね」

「下着は身に付けておりました。訂正させていただきたい」

 咳払いをする中尉の顔をまじまじ見ていると、なんとなく見覚えがあるような気がしてきた。なんかあったなそんなこと。

「二度目は聖女様が着任された日です。敵の攻勢で負傷し死の淵を彷徨っていた私を救ったのは、またしても聖女様の御力でした。今回の作戦は神より賜った運命だと思っております。どうか気兼ねせずに我々をお使いください」

 またニカッと笑顔になったヤンセン中尉に曖昧な笑みを返す。まあやりたいようにやってもらえばいいか。それにしてもこの短期間で二度死にかけてるってことだよね?大佐は一ヶ月で二万人が死ぬと言っていたっけ。『黄』号作戦で何万人が犠牲になるんだろうか。

「聖女様?」

「ああ、続けてください」

「ありがとうございます。本作戦では小隊それぞれで役割分担をしていく予定です。アントン小隊は私と共に聖女様の護衛兼中隊指揮、遊兵として各所の支援。ベルタ小隊は敵速射砲の鹵獲、ツェーザー小隊、ドーラ小隊は破壊工作を担当します」

 ヤンセン中尉の説明に合わせて小隊長達が黙礼してくる。連隊屈指の古参と紹介された彼等だが、皆若い。二十歳そこそこくらいじゃなかろうか。

「本日と明後日、航空偵察が行われる予定です。敵の陣容が判明しましたらより詳細な作戦計画を提示できるかと」

「はい」

「本作戦は聖女様の御力に頼る形となります。聖女様が作戦継続が難しいと判断した時点で終了とします。その際には赤の信号弾を打ち上げていただきたい」

 テーブルの上にミニチュア大砲みたいな筒が2本出てきた。扱い方がよく分からないのでそのままユーリアに手渡す。

「赤弾はそのまま帝国側の守備隊にも非常事態を通知するものとなります。我々の撤退の動きが無ければ、作戦は失敗したものとして10分後からは砲兵の直接照準射撃が行われます。もし赤弾を使用したなら、聖女様は我が中隊の状況に関わらず即座に退却するようにしてください」

 つまり、全滅覚悟で殿を務めるので私だけでも逃げろということか。最悪の想定を口にしていても、ヤンセン中尉の口調は全く変わらない。

「赤弾?を撃ったら、全員が撤退するように指導しておいてください。皆で帰りましょう、必ず」

「それは頼もしい」

 ニカッと笑顔を浮かべるヤンセン中尉だが、私の言葉は受け流されていると思う。なんかこう、軍人のこういう方向の覚悟の決め方って苦手だ。

「なんなら作戦開始と同時に赤弾撃ちますからね」

「それはさすがに…。責任問題になりますね」

「責任を取るのは私ですから。作戦の第一目標は全員で帰ってくること。いいですね?」

「なかなか手厳しい。流石は聖女様、と言うべきでしょうか」

 テーブルを囲む面々に苦笑が浮かぶが、さっきよりはいい顔をしていると思う。うんまあ帝国軍側が全員健在だとしても共和国軍側に死傷者が出るのは分かってる。それもおそらく数百人単位で。それでも。

「私の手の届く範囲で、無駄死にはさせません」

 『聖女様』らしく、やってやろうじゃないの。

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