第25話

 司令部壕には将校が勢揃いしていた。重苦しい空気が支配する中、端の空いている席に座る。テーブルの上には大きな地図が広げられていて、何やら赤と青のコマが並んでいる。

「では、『黄』号作戦について説明いたします」

 中佐の階級章を付けた壮年の将校が立ち上がった。連隊長が憮然とした表情で腕組みしている。

「本作戦につきましては事前に説明しておりました通り、イーペル西方に展開する敵砲兵主力に対して重砲部隊が『黄』弾を集中運用しこれを無力化、その後野砲による直接射撃で敵防御線を破壊、歩兵の突撃により敵陣地の突破を目指すものであります。第57師団の全力を投入し20マイル西方に橋頭堡を確保、その後第3軍全体で包囲戦を行い西部戦線の敵主力を殲滅いたします」

「勇ましいな」

 連隊長が吐き捨てるように言うのを気にする様子もなく中佐が続ける。

「本作戦には帝国軍航空部隊を可能な限り投入することが提案され承認されました。合計80機が第3軍指揮下に入ります」

 壕内が一気にざわつく。この間は飛行機は試験運用段階だと聞いていたので、これが初めての本格的な実戦投入になるのかもしれない。

「航空部隊は主に偵察と観測任務に当たります。本作戦中、砲兵は第3軍司令部の直接指揮下に入り、私が連絡将校として第57師団付になります」

 あからさまに面白くなさそうな顔をしている将校が多い。ピリついた空気はこのせいか。一時的にしても指揮権を奪われるというのは、軍人にとっては大問題なんだろう。この空気の中でも堂々としていられる中佐のメンタルは尊敬する。

「明日より準備砲撃と欺瞞作戦が開始されます。2週後の戦線突破に際して第23歩兵連隊は先鋒を務めることになります。軍団長より獅子奮迅の働きを期待するとの伝言を預かっておりますので、この場で披露させていただきます」

 しーんと重たい沈黙が流れる。帰りたい。私がこの会議に参加する意義とは。いや一応私も士官の端くれだけどさ。

「その『黄』弾についてだが」

 連隊長が沈黙を破る。

「試験段階の砲弾を信頼し突撃しろと?軍人として宣誓した以上、命を張る覚悟はできている。だがそれと効果も分からん新兵器に振り回されるのは別問題だ。しかも砲兵に対する指揮権も無いとあっては、連隊長としてこの作戦命令をただ受け入れることはできない」

「たしかに西部戦線では『黄』弾の使用実績はありませんが、南部戦線での試験では有効であったとの報告があります。主要成分である塩素につきましては動物実験を繰り返し、毒性と残留時間についてのデータは十分に蓄積されているものと認識しております」

「初めて使用する兵器に命は預けられんという話をしているのだ」

「本作戦においては奇襲効果を期待しております。敵重砲の無力化の評価につきましては──」

 連隊長と中佐の議論は続いていたが、私の耳には単なる音として響いた。塩素。毒性。残留時間。『黄』弾。つまり、それって。

 私はどうやら、この世界で初めての毒ガスの実戦投入を目にすることになるらしい。

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