第18話

 司令部のある辺りから私達の宿舎とは反対方向に進む。といっても塹壕はうねうねのたくっているので、私にはどこに向かっているのかはよく分からない。

「ここは開戦当初から両軍が衝突を繰り返していた地域です。戦線は何度も前進と後退を繰り返し、その都度塹壕は長くなっていきました。今では総延長は直線距離の10倍に相当すると言われています」

「そうなんですね」

「共和国軍の掘った塹壕と帝国の塹壕では規格が違うので、注意して見れば双方の攻略の歴史が分かりますね」

「へえー」

 ツアーガイドの大佐が色々解説してくれる。さすが文化人としても名高い名士。オカルトにどっぷり嵌ってなければ、そして戦争が無ければ気さくで優秀な人だったんだろうなと思う。大佐については補給廠にいる時にも色々な話を聞いた。遺体袋を考えたのも大佐だそうだ。死んだ兵士の姿そのままでは心理的に抵抗があっても、味も素っ気もない遺体袋に詰めてしまえば荷台に積み上げようがロープで固定しようが平気になる。まとめて後送して支給品は回収し、遺体は荼毘に付して小さな骨壷に詰めて家族の元へ。遺体袋と支給品はクリーニングしてリサイクル。衛生的で無駄のない効率的なシステム。遺体袋と骨壷を作っているのが大佐の一族が経営する会社と聞くとちょっと引くが、それも様々な根回しをすっ飛ばして迅速に生産を開始するためと考えればまあ理解できなくはない。

 塹壕のあちこちに歩哨がいて、私達が通り過ぎる度に敬礼をしてくる。私の姿を認めると二度見してくるのにも慣れた頃、先頭を行く兵士が足を止めた。見た感じは全く変わらないが、目的地に着いたらしい。

「ここが最前線です。160ヤード先が共和国軍の塹壕です」

 大佐の声は平静そのものだが、案内役の兵士の緊張感が伝わってくる。走れば1分もかからない距離に敵陣があるのだから当然だ。さすがにスザナの表情も固い。所々に晴れ間の見える空と、見慣れた土壁。最前線を構築する塹壕には、攻勢時以外は兵士は配置されないと聞いた。防御の際には空堀として敵の進軍を遅延させ、攻撃時には銃弾を避けながら肉薄する為に利用する。「3日前に大規模な戦闘」の時は兵士で満ちていたであろうここには、今は私達以外の気配はない。

「ではコートリー中尉、どうぞ」

 すっと双眼鏡を手渡される。何がどうぞなのか分からず首を傾げる私にそれを押し付け、大佐が塹壕の上を手で示した。共和国軍側の壁は傾斜が緩くてがんばれば登れるくらいになっている。ちょっと覗いてみては?ということのようだ。

「えーっと…」

 大佐の意図はなんとなく分かった。私の防御が実際の戦闘場面でどの程度通用するのか見たいのだろう。それにしたってもう少し心の準備というか、何かあってもいいんじゃなかろうか。私が銃弾を弾くのは確認済みだが、絶対安全という保証はない。それに本気で攻撃されたらここにいる全員を守れるかどうかも分からない。大佐を見上げると、いつもと変わらず静かな瞳で見つめ返された。何かあったら命を張る覚悟はあるということだろう。

「…はい」

 そういう責任の取り方って間違ってると思いますよ、という言葉を飲み込み、背嚢を下ろしてユーリアに預ける。杖代わりの小銃を改めて握り直すと、なんとなく壁の足掛かりになっているところを見つけて一歩ずつ登っていった。

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