第17話
複雑に曲がりくねる塹壕の中を、私はただユーリアの後ろにくっついて進む。正直どこをどう歩いているのか全く分からない。逆に彼女はなぜ道が分かるのだろうか。まだここに来て1日だぞ?
とにかく司令部壕に着くと、中には大佐と見覚えのない下士官が待っていた。大きなテーブルの上には何やら書類と袋が積んである。
「時間通りですね。では、視察に先立って辞令交付を行います」
外で待機しようとしていたユーリアとスザナも中に招かれ、一列に整列させられた。大佐が軍曹の階級章を付けた下士官から書類を受け取り、スザナの前に立つ。
「スザナ・ビンテ・アフィク」
「はいっ」
「上記の者を帝国陸軍上等兵に任命する。看護従軍徽章を授与する。第3軍第57歩兵師団第23歩兵連隊司令部付を命ずる」
「はいっ」
スザナは飛び跳ねるように敬礼し書類を受け取った。スザナは今までは軍の協力看護婦という扱いだった。これで正式に帝国軍人としての身分を与えられたことになる。私も詳しくは知らないが、軍協力者と軍人の違いは色々あるらしい。スザナにとってこれが良いことなのかどうか。本人はいつも通りニコニコしている。
「本来は教育中隊に編入して初等訓練を受けなければなりませんが、有事に際して任務継続を最優先とします。ヘッケン伍長、任務と並行して実地で必要な教育を行うように」
「はい」
ユーリアが敬礼を返す。私に加えてスザナの面倒も見なければいけない彼女はちょっと険しい表情だ。
「加えて装備品を支給します。旧式で申し訳ありませんが、とりあえずはこれを携行してください」
大佐の言葉で軍曹が背嚢を私達の前に置いた。スザナのには軍服一式も入っているようでパンパンだ。私とユーリアのものは上に載せられた拳銃の重みでくたっとしている。
「ヘッケン伍長は拳銃の取扱い経験は?」
「初等訓練で教本は読みました」
「よろしい。急ぐ視察ではないので、今私が教えましょう。コートリー中尉、こちらへ」
大佐に促されて拳銃を手に前に出る。いわゆるリボルバーだ。基本的な持ち方、手渡し方、安全装置の位置、装弾方法。手際よく説明してくれる。そういえばこの世界に来て一番最初に彼に向けられたのもこの手の銃だった。あれはごってり装飾してあったが、こっちは無骨な金属の塊って感じだ。ホルスターと弾嚢をベルトに付けて拳銃をしまうと、右腰がずっしり重くなった。
「射撃訓練まではしている余裕がありませんが、時間を見繕ってそれぞれ取り組んでください。弾薬は請求すれば支給されるようにしてあります」
「はい」
敵は目と鼻の先。何かあれば混戦の中に取り残されるかもしれない。そんな時にこの銃で身を守れということなのか、凌辱される前に自決しろということなのか。できれば使う機会の無いままであって欲しい。…そもそも自決できるのかな私?自分の意思で撃てば弾かれないだろうか。
帝国軍人用にあつらえられた背嚢をよっこいせと背負うと、私の体はほぼ隠れてしまう。雑嚢1個で私を送り出したのは大佐の好意だったんだな。色々ぶっ壊れているけどそういう配慮はできる人ではある。ユーリアとスザナは鉄帽も被って準備万端だ。
「コートリー中尉に合う鉄帽は残念ながら用意がありませんでした。もし必要なら作らせますが」
「あー、大丈夫です。よっぽどのことがない限り必要ないと思います」
私の力で守りきれないなら頭を鉄で覆っていたところで無意味だろう。それなら重くないほうがいい。
「それでは出発しましょう。3日前に大規模な戦闘があったばかりなので敵の動きは無いと思いますが、油断はしないように」
相変わらず遠足の引率のような気楽さで大佐が言う。軍曹が先に立って外に出ると、護衛役なのか兵士が2人待機していた。先頭と最後尾をその2人に挟まれる形で、私達の最前線ツアーが始まった。
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