第15話
宿舎。まあたぶん、すごく優遇してもらっていると思う。一応床は乾いているし、私達3人に用意されたコットは新品だ。テーブルと椅子、戸棚と必要なものは用意されている。無骨な丸太の壁もログハウスみたいと思えばおしゃれかもしれない。裸電球の照明も、今までのランプに比べたら文明的だ。なんか臭いのはユーリアとスザナが掃除してくれているので、そのうち変わってくるだろう。
でもトイレは…どうしたもんだろうねこれ。宿舎の穴から少し行った先に細い穴があって、そこが私達専用のトイレという扱いだ。こういう環境だから多くは求めないさ。穴掘って板を渡してあるだけとかは仕方ない。深い方に流れるように掘ってくれてあるから排泄物がみっちり溜まるとかは無さそうだし。灯りがないのも、懐中電灯とかで何とかなる。ドアの代わりに暖簾みたいな布1枚もまあ、却って臭いが籠らなくていいかもしれない。ただよく分からん足いっぱい付いてる大きい虫がびっしり集ってるのはどうにかしてくれないと無理。もう泣く。スザナが笑顔で「だいじょぶすよ」って言ってたのを信じていいよね?私はいったん宿舎に引き篭もるよ?
コットに座りブーツを脱ぐと、少し気持ちが落ち着いた。定期的にどこかに砲弾が落ちて轟音が響くのも、そのうち慣れるだろう。そのままごろんとキャンバス地の上に横になる。
さっきの『診療所』での出来事。私の力が、意思とは関係なく発動した。最初に治癒の力を使ったのが庭師のおじさん相手で無意識だったから、そういうこともあるのかもしれない。でも、あの内側から何かを引き摺り出されるような感じ。ヤバいというのだけは本能的に分かった。野戦病院では一度も無かったから、意識的にやったかどうかが問題なのか。あるいは規模が大きすぎたのか。私自身もこの力が何なのか分かっていないのに、今まで安易に使いすぎていた。今更ながら呑気だな私。
ぼーっと横になっているうちに、ユーリアが食事を持ってきてくれた。缶の中にスープというか何でもぶっ込んだ煮物みたいのと、固めに焼いたパン。お皿に盛り付けた頃に、妙に煙たいスザナが戻ってきた。何だろう、焦げ臭い中にもちょっとお香っぽい感じがある。
「おかえり。どうだった?」
「ただいまです。虫と戦いましたよ。私が勝利しましたです」
やり切った笑顔のスザナがテーブルに座る。察するに蚊取り線香的なものを使ったのかな?まあ何をしたにせよ、奴等を駆逐してくれたのならそれでいい。裸電球の下、3人で食事に取り掛かる。
最前線の食事は…何だろう。味がよく分からない。とりあえず塩味は効いているが、それ以外は何だこれ?という感じのぼんやりした食べ物だった。固いパンはただひたすらに固くて噛み締めがいがある。砲弾降り注ぐ中で温かい食事が出るだけでも感謝すべきところだろうか。時々テーブルに置いた皿がチリチリと振動する。相手がどういう基準で砲撃してきているのか分からないが、この辺りは直接照準されているわけではないらしい。周りには人気が無かったし、現在はあまり使われていない塹壕なのかもしれない。寝てたら死んでた、ということにはならなそうだ。
食事中も明るく話し続けているスザナが、突然ドンッ!と床を踏んだ。びっくりして見ると、踏み締めた靴と床の間にピクピク動くものが見える。
「ええ…」
「ネズミ、多いです。トイレにもいたので潰すしました」
「あ、そう…」
私はドン引きだがユーリアはまるで動じていない。ああ、うん。ネズミね。適度に穴と餌があれば増えるよね、そりゃ。時代的には都市にもけっこう出るんだろうな。大佐の館は目に入る前に使用人達が片付けていたんだろう。いやしかし、食事してる人間の足元に普通に出てくるんだ。
…眠れるかな、私。
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