ユーリア・ヘッケン伍長の述懐 1

 私は連合王国の首都で生まれた。祖父母と両親、それに妹。特別豊かではないしそれなりに家庭の問題もあったと思うが、まあ幸せな生活だったと思う。父は教育熱心で、私にも高等教育に進むことを許してくれた。師範学校か看護学校かを迷ったが、誰かに何かを教える自分を想像できなかったので看護学校にした。卒業後の就職先は東部ルーロントの病院。それほど大きくない街だが、先進的な医師の元で働けるというので選んだ。ただの雑役婦として扱われる病院も多い中で、医療を担う一員として働くのは大変だったが充実した日々だった。

 数年が過ぎた春の終わり。首都で動乱が起きた。新聞は毎日その記事で埋め尽くされていたが、新聞社によって内容が異なり情報が錯綜していた。確かなのは、国王と皇太子が暗殺されたこと。それに伴って国軍が真っ二つに割れ、内戦状態に陥ったこと。連合王国を分断した紛争は、西の共和国が武力介入したことで臨時政府設立が宣言され、収束するかに見えた。

 でも、その後に待っていたのは血の粛清だった。元々連合王国人の共和国に対する心象は悪い。首都では臨時政府反対派が連日市民に紛れて活動し、少なくない被害が出ていた。業を煮やした臨時政府は、密告に基づく捜索と拷問、処刑を開始した。

 その災禍に、私の家族も巻き込まれた。

 祖父母と両親は自由主義者だ。臨時政府に思う所があっただろうが、暴力に訴えるような人達ではない。妹は、…あの子は、絶対にそんなことはしない。私と違って、優しく頭の良い子だった。新しい時代を作るのだと師範学校に進学したばかりのあの子が、そんなことをするはずがない。

 首都から逃げてきた親戚からあなたも危ないと告げられ、さりとて行き場もない私の前に現れたのは、帝国軍だった。連合王国は民族的には帝国に近い。小王国が帝国として再編される中で、独立を保った国々が連合王国となった歴史がある。混迷を極める連合王国の同民族を救うため、という名目で帝国が介入してきたのは、動乱から半年が過ぎようとしていた頃だった。帝国軍は臨時政府反対派の連合王国将兵を纏めながら一気に首都まで進軍し、共和国軍を国境まで押し戻した。共和国と帝国が双方に宣戦布告し、同盟国が次々に参戦していくことで、連合王国から始まった動乱は世界大戦へと拡大していく。

 病院を辞めて首都に戻った私を待っていたのは、瓦礫になった我が家だった。見慣れた景色が跡形もなく破壊され、残った建物に人々が身を寄せ合って暮らしている。帝国軍の制服を着た兵士達が西へと行進していく中で、私は首都で囁かれる噂を耳にした。

 動乱の火種は、共和国が投げ込んだ。

 前触れのなかった国王と皇太子の暗殺。早すぎて大規模すぎる共和国軍の介入。あっさり成立した共和国派の臨時政府。何らの工作もなく起きるはずがない。裏で糸を繰る者がいたはずだ。首都のどこに行っても、そんな話でもちきりだった。確かにそう考えれば辻褄は合う。でも、それは私にとってはどうでもいい話だった。

 私の家族は、何も残っていなかった。遺体も、遺品も。家も家財も、全て消えてなくなった。誰が何を企んでいたにしても、それを実行した奴等には相応の報いを受けさせる。私は、帝国軍に志願入隊した。

 帝国軍では看護婦の資格を評価され、後方支援の医療大隊に配属された。前線を点々としていく中で、徐々に戦時医療体制も整備されていく。最前線を担う衛生兵と後送された負傷者を治療する野戦病院。さらに高度な医療を提供するための軍病院。女は最前線に立てないので、なるべく前線に近い野戦病院を希望したら階級も上がっていった。病院で言うと病棟の主任看護婦だろうか。軍属の看護婦を何人かまとめて面倒をみる立場になり、柄にもなく教育の真似事をしている私を見て、妹なら何と言うだろうか。少しは誇りに思ってくれるだろうか。

 そんな日々を過ごす中、彼女がやってきた。

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