第8話

 ゴロゴロとずっと雷が鳴っているな、というのが、野戦補給厰の第一印象だった。そして、その日の夕方には腹に響く低音が雷鳴ではなく砲声だと気付かされた。前線から20マイル。直接敵の砲撃は届かなくても、嫌でも死神の吐息を感じる。一度は戦場となり放棄された村を中心に、かつては畑だった場所に延々と国防色のテントが並ぶ。第3軍第57歩兵師団隷下第5補給大隊付属野戦病院軍医中尉、というのが、ここでの私の正式な身分になる。直接の上司は補給大隊長陸軍大尉殿。ただ医療上の上司は野戦病院長の軍医少佐、そして影の上司は大佐という、なんかややこしいことになっている。着任早々大隊長に申告に行ったが、腫れ物に触れるような扱いで自分の置かれた状況を察した。私の着任に際して大佐が丁寧に、それはもう丁寧に、根回しをしてくれていたそうだ。元の世界で考えるなら、本社の専務が地方支店長に「今度お世話になる新人をよろしく頼むよ、分かってるね?」ってしたようなものだ。とにかく、私の補給厰内での安全と自由は完全に約束された。

 それから野戦病院長に挨拶…に行ったら、こっちはこっちでてんやわんやだった。最新式の医療設備──つまり私──が導入されるため、不要になる人員を整理し他所へ転属する指令がまさに今日、大佐によって発出されたらしい。軍医も看護婦も衛生兵も、今まさに診ている負傷兵達をどうするのかとパニックに陥っている。大混乱の中で涼しい顔をしている大佐を見付けて近付くと、見慣れた笑顔で外に誘導された。

「貴方が生活する民家に案内しましょう。多少崩れていますが、テントよりは快適に生活できると保証します」

「はあ…」

「そちらに貴方直属の部下を2名待機させています。従卒として自由に使ってください」

「はい」

 よく分からないなりに生返事をしているうちに、私に割り振られた民家に到着した。野戦病院にされた教会からそれほど遠くない、横の納屋みたいな所は崩れているけど母屋は無事、みたいな建物だ。見たところ2階…3階まであるのかな?かなり大きい。大佐に続いて中に入ると、薄暗い広間の壁際に女の人が2人立っていた。

「傾注。こちらが諸君の上官となるコートリー中尉だ」

「ユーリア・ヘッケン伍長であります」

「スザナ・ビンテ・アフィクであるます」

 とりあえず覚えたての敬礼を返すが、2人は直立不動のままだ。気まずい空気が流れた頃に、大佐が助け舟を出してくれた。

「休め。コートリー中尉は先程説明したように本実験の責任者である。中尉との接触で得た情報は全て口外不問とする」

「はい、閣下」

「私は病院に戻ります。この2人に関しては、貴方のやりやすいように接して構いません。信頼できる部下を育てるのも仕事の一つと考えてください」

「はい…」

 大佐が出ていってしまうと、また気まずい沈黙が訪れた。2人は指示を待っているのか動かない。まあここに来る前の座学でも指示に従う、勝手に動かないというのは叩き込まれた。この2人の行動は正しい。正しいけど、どうしていいのか分からない。

「あのー…」

「はい、閣下」

 ユーリア伍長がビッと姿勢を正して応える。金髪碧眼の、気の強そうな美人さんだ。軍服に白と赤の腕章。従軍看護婦ってことか。

「ええと、あんまりかしこまらないで接してもらえるとありがたい、です。その、問題にならない範囲で」

「はい」

「あ、そんなに硬い感じじゃなくて。とりあえず、座ります?」

 広間にあったテーブルの椅子をすすめると、ユーリアが訝しげに眉を寄せた。ごめんね、私は中尉なんてガラじゃないんだ。

「では、お茶を準備しますですね」

 スザナがにこっと笑って奥に入っていった。黒髪に少し明るい茶色の瞳で、たぶん東南アジア系の彼女は、鼠色のワンピースにエプロンを付けている。昔の看護婦の写真で見るような格好だから、こちらも看護婦さん?階級を言っていなかったから、ユーリアとはたぶん何か違うんだろうけど。

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