第7話

 さて、野戦補給厰へのトラックドナドナまでの数日間。大佐は私が軍隊で困らないようにと新兵教練担当の軍曹を呼び寄せてくれた。いわゆる鬼軍曹とマンツーマンの日々に放り込まれて戦々恐々としていた私は、実際に会った軍曹の紳士的で丁寧な態度に驚いた。

「教育担当と聞いていたので、もっと厳しいのかと思っていました」

「中尉殿に対して失礼な態度は取れませんので」

 そうにこやかに答える軍曹は28歳。バリバリ現役叩き上げで、なかなか爽やかイケメンだ。そうそう、聖女様に転生とかって言ったらこういうのだよね。まあときめくとか無いけど。

 この世界の人間は、というか帝国軍人だからなのか分からないが、とにかくデカい。軍曹は2メートルくらいだと思う。チビの私は並ぶと彼の胃袋と話している感じになる。大佐はそれよりは小さいが、私とは頭一つどころではない身長差だ。館の使用人の皆さんも大きい。女性でも170センチ以上あるんじゃなかろうか。たぶん彼等からすると私は小学生くらいにしか見えないと思う。少なくとも恋愛対象にはなり得ない。

 まあとにかく。そんな軍曹に基本行動や軍隊用語について教わる日々が続いた。前へ進めと言われたらどっちの足から出すのかすら分からない私相手に、軍曹はよく頑張ってくれたと思う。館の中庭をぐるっと行進する私を見守る彼は、まるで保育園児の運動会に来た父親だ。

「成長が早いですね。正式に入隊しても表彰されるかもしれませんよ」

「ありがとうございます」

 リップサービスたっぷりの行動訓練が終わると、今度は座学だ。号令や信号、標識の意味。軍隊組織について。帝国兵士の心得。理解していないと問題になりそうな項目を学んでいく。教育用の教本を使っているうちに、ちょっと面白いことに気付いた。読めなかった文字が、徐々に読めるようになっていくのだ。いや、読めるようになる、とはちょっと違うかもしれない。単語の読み方が分かって発音できるようになると、その意味が分かるようになるというか。軍曹の後に続いて音読していたら、自然と理解できるようになっていった。どうやらこの謎の便利翻訳機能、音声に依存するらしい。小学生みたいに軍曹の後に続いて音読を繰り返した私は、ものの2日で教本なら全部読めるようになった。何だかちょっと楽しい。

 そんなこんなで時間はあっという間に過ぎ、出発当日。真新しい軍服はオーダーメイドだ。無襟のシャツと略装、それと申し訳程度の軍医要素として白衣。下着一式。ブーツと革靴。軍曹が餞別にくれた教本。それらを雑囊に詰め込み、大佐が手配したトラックの荷台に乗り込む。大佐は先行して補給厰に向かっているので、館の使用人達が見送ってくれた。この世界にやってきて1ヶ月弱。こうして離れるとなると寂しく…はないな。むしろこの狂気の館から離れられてホッとしている。さようなら謎のオカルトグッズ達。

 トラックのエンジンが一際大きく唸りを上げ、ガックンと動き出した。荷台に積まれた木箱の間に、どうにか体を収める隙間を見繕う。こうして微妙な薄曇りの空の下、私の戦場生活が始まりを告げたのだった。

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