第5話

 軍病院への「出張」は延べ4日続いた。その間に大佐は私の身分証を取り寄せていた。ハナ=ミーア・コートリー。極東植民地出身の22歳。現地の病院附属医学校で教育を修了。戦争に伴い帝国軍を志願し当地へ。知らない経歴がずらっと並ぶ履歴書付きの旅券と身分証明書は、大佐が駐在武官時代に仲良くなった外務省の知人に依頼したものだそうだ。権力怖い。とにかく私には帝国臣民としての正式な地位が与えられた。

 4日目の病院訪問では、軍の偉い人と一目で分かる制服の集団と、医師と一目で分かる白衣の集団の前で「治癒」をやってみせた。両手両足を包帯でぐるぐる巻きにされ、虚ろな目でベッドに横たわる男。お偉方に囲まれても気にしている様子もない彼の前に、小銃を抱えた私が引き出される。事前配布された資料と私を交互に見る訝しげな視線は、包帯男が自分で包帯を取り、立ち上がったことで一様に驚きに見開かれた。何かの手品だと声を挙げる医師に、大佐が涼しげに告げる。

「貴方の受け持ち患者の誰であっても回復させてみせましょう。さあ、どうぞ」

 病院の中をうろつくこと5回。最後には病室の全員をいっぺんに治癒してみせることで、彼等にも理外の理が働いていることは伝わったらしい。異様な空気のまま、私達は病院の会議室に移動した。

 会議室での会話…というか、怒号飛び交う混沌は全部覚えてはいない。こんなことは医学的にあり得ないと言う医師と、実際に回復した実績を示す大佐。何かある度にカルテを取りに走らされる事務員がちょっとかわいそうだった。軍服組からは私はどこの誰でこの力は何なのか、どのような運用が可能なのかと質問が飛ぶ。大佐は流麗に答えているが、西洋と東洋のオカルトがごった煮になった意味不明の妄言にしか聞こえない。ピシッと制服を着込んだ彼等のストレスが高まっていくのが目で見えるくらいだ。あえて無視しているのか気にならないのか、大佐は気にする様子もなく涼しい顔で語り続ける。

 誰もが怒り疲れてぐったりしてきた頃に、大佐がおもむろにもう一つ書類の束を取り出した。事務員がてきぱきと配っていくそれに、皆が恐るおそる手を伸ばす。私にも1部回ってきたが、中身は読めない。全員に書類が行き渡るのを待って大佐が立ち上がり、会議室を見渡す。

「第3軍司令部医参発第26号、新規医療設備の試験運用について提案いたします」

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