エピローグ:最後の光景を

 フローラ達と別れた後、ユーニはタワーの倒された街に戻っていた。

 しかしホームレス達が住みついている公園に来てみたはいいが、流石に逃げたらしく、誰もいなくなっていた。

 

 少しホッとしたユーニは、ベンチに座って煙草を取り出した。


(各地に点在する軍が抵抗すれば、まだいくらか時間は稼げるはずだ。その間に魔族側のトップと交渉できれば――)


「おう、ワシにも一本くれんかの?」


「……なんだ、まだ逃げてなかったのか」


 やってきたのはユーニにフェノーメノの鞘をくれた老人だった。

 

「言ったじゃろう? ワシはここで”最後の光景”を見るんじゃ」


「仕方ねぇな」


 老人に最後の一本を渡してマッチで火をつけてやると、煙を吐きながらこれからのことを考え始めた。

 

 考え始めたのだが――。


(俺の立場で交渉に持ち込むには、それ相応の手土産も必要に――)


「おお! ワシがやった鞘に剣がささっとるではないか!」


 ユーニの持っていたフェノーメノを見て老人が騒ぎ始めた。

 まあ端的に言って、考え事の邪魔でしかない。


「おいおい、じいさん。ちょっと静かにしてくれ。こっちは大事な考え事してるんだ」


「良いではないか。 うむ、良い直刃じゃ」


 老人は剣を奪い取って抜いた。

 どうやら刃が綺麗に研がれているのを見てご満悦の様子だ。


「じゃあそれをやるから、静かにしててくれ」


「いらんわい。こいつはお前さんにやったんじゃ。そこまで意地は張っとらん」


 老人は興味を失ったように剣を投げて返すと、飛び跳ねるように立ち上がった。


 ……年の割には身軽である。

 もしかしたらユーニよりも動きが良いかもしれない。


「そうじゃ、王都を観光でもするか? まだ時間はある。今なら上級街とかいうところも入り放題じゃろ? 案内せい!」


「しねぇよ。勝手に見に行ってくれ。俺は忙しいんだ」


 ユーニはそう言って立ち上がると、老人に背を向けて歩き始めた。


 心はここにあらず。

 頭の中は交渉で魔族を止めることでいっぱいだ。


(クレストが死んだとなると魔王の椅子は空席。じゃあ今の魔族を統制してるのは誰だ? フローラはクレストの遺志で動いてると言ってたが、実際は誰かがいるはずだ。交渉すべき相手は誰だ?)


 前の魔王はクレストが殺した、その前の魔王も。

 ……では更にその前は?


 確か三代前の魔王は突如として行方不明になったという話だ。

 暗殺された線もあるが、実はまだ生きている可能性も残っている。


 むしろどこかでこの状況を静観している可能性すらも。


 フェノーメノに焼かれた右手が激しく痛み出した。


(……ちょっと待て)


 ……ユーニは足を止めた。


 真の魔王以外が抜き身で握ればその手を焼かれる伝説の剣、フェノーメノ。


 ユーニはそれを掴んで手を焼かれた。

 もちろんクレストもだ。


 だが待て。

 つい先程、それを抜いたはずの老人の手は――。

 

 ユーニはハッとして振り返った。

 老人はまだユーニの方を向いて立っている。


 その姿は先ほどまでと何一つ変わっていない。

 ――が、しかし彼は既に弱々しく貧相なホームレスなどではなかった。


 ……そうだ。

 そもそもユーニにフェノーメノの鞘を渡したのは、他でもないこの――。


「アンタ……、まさか……」


 目の前にいるこの老人が何者であるのかを、ユーニはようやく理解した。

 交渉相手はもうとっくに目の前にいたのだ。


「どうした? 話はもう終わりじゃなかったのか? それとも……、お前さんも一緒に見るか? これから起こる”最後の光景”を」


 ……魔王は強者の笑みを浮かべていた。

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歴代で一番有能だったのに捨て石にされた戦士、魔王になって逆侵攻し勇者を裁く ~そして勇者パーティは全滅した~ 刺菜化人/いらないひと @needless

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