19:そして勇者パーティは全滅した
兜を外して出てきたのは、ユーニにとって初対面で、そして何度も見た顔だった。
先代勇者クレスト。
その目は開かれたままで、手首には焦げ落ちて短くなった藍色のリボンが巻かれていた。
「本当に死んだのね……」
ユーニの言葉に半信半疑だったフローラも、クレストの瞳孔が開ききっているのを見てようやく現実を受け入れた。
その間に軍人達が周辺を改めて確認している。
「周囲に敵影なし」
結局、この場には本当にクレストしかいなかったらしい。
「お父さまっ!」
悲鳴とも言えるような絶叫が響き渡った。
声の主が誰かなど、確認するまでもない。
先ほどユーニ達が出てきた洞窟の出口には、アニューゼが立っていた。
「来たのか……」
重い武器を投げ捨てて走ってくる少女を見て、ユーニは諦め以外の何物でもない溜息を吐いた。
「待って! アニューゼさん! 落ち着いて!」
軍人達の何人かが慌てて止めようと道を塞ごうとしたが、どうも彼らはアニューゼに対して強く出れないらしく、あっさりと目標への到達を許してしまった。
「お父さま! お父さま!」
「落ち着いて。まずは横にしてあげましょう。ね? ……疲れてるのよ」
「そ、そうですよ! お父さんを休ませてあげましょ! ねっ?!」
堰を切ったようにクレストに縋り付くアニューゼを、フローラが後ろから優しく抱きしめた。
少女を宥めようとする軍人達に、もはやプロフェッショナルの雰囲気はかけらもない。
敵であるはずのクレストを寝かせようと、何人かが丁重に彼を動かし始めた。
ユーニはアニューゼに気付かれないようにさりげなく勇者の目を閉じると、それ以上は手伝おうとせず、クレストが使っていた装置の前に立った。
クレストが抱えるようにしていた剣とは別に、装置にはもう一本の剣が刺さっていた。
王都を向いていることを踏まえると、これがモース邸から盗まれた剣だろう。
「こいつであの<巨人>を動かしてるのか」
「そうです。でも、もう動いてませんね」
素人目にも動いているようには見えないが、装置を確認していた軍人も同じ判断だった。
「クレストが死んだからか?」
「でしょうね。この装置、生命力を魔力に変換して転送するんですが、どうやらクレ――、使用者の生命力を使い果たして止まったようです」
「ってことは、もう<巨人>は動かないのか?」
「そういうことになりますね」
だとしたら、いったい自分達はここに何をしに来たのか。
何もしなくても、クレストは勝手に自滅して――。
徒労感に満ちたユーニの思考を、別の軍人の呟きが遮った。
「タワーが、倒れてる……」
ユーニはここまで来た理由を思い出し、ハッと振り返った。
声を発した軍人は、装置よりも更にもう少し奥に進んだところにいた。
ユーニも慌ててそこまで走っていくと、終わりかけた夕陽に照らされた王都が見えた。
「本当だ……。手遅れだったのか……」
タワーは根元から折れ、近くにあったこの世界で最も権威のある神殿をちょうど中心から押し潰していた。
否定されたのは祈りか裏切りか。
そして<巨人>の姿はもうどこにも見当たらない。
ユーニは根本的な認識が間違っていたことを理解して、クレストの方を見た。
彼は自滅して死んだのではない。
やるべきことをやりきったから死んだのだ。
勝負はクレストの勝ちだった。
★
日が沈んでも、ユーニ達はまだクレストのアジトにいた。
アニューゼは並べられたクレストとレオパルド二人の遺体を抱いてずっと泣いている。
その様子を遠目に確認しつつ、ユーニがタワーを失った王都を改めて眺めていると、通信機との格闘を終えたフローラが近づいてきた。
二人で王都の方向に並んで立つ。
「王宮と連絡が取れたわ。魔王軍が早速境界線を越えたそうよ」
「数は?」
「最低でも五百万」
「無理だな。どうやっても勝てる数字じゃない」
ユーニは力なく笑った。
「こいつを見せれば止まってくれないかね?」
ユーニは鞘に収まった伝説の剣フェノーメノを見せた。
「それこそ無理よ。別にその剣が魔王になる条件じゃないもの」
「”真の魔王だけが握ることのできる剣”らしいんだがな。ここでいう魔王ってのは、違う意味なのかね?」
「あら、それなら試しに握ってみたら?」
「もう試したよ。だが俺は違うらしい」
ユーニは火傷で爛れた手の平を見せた。
「クレストの手も同じように焼けていた。ということは、クレストもこの剣が認める”真の魔王”じゃなかったってことなんだろうな」
「魔王なんて、所詮はただの肩書にすぎないわよ。ところで相談なんだけど――」
「ん?」
「あなたの同僚の遺体、こちらで引き取ってもいいかしら? クレストの遺体と一緒に処理したいの。あの子もしばらく離れたくないでしょうから、一緒に――」
「魔族領へ連れていくのか?」
「……やっぱり気づいてたのね」
「まあな」
ユーニはそれ以上続けるかどうか少し迷って頭をかいた。
「君も魔族なんだろう? いや、正確には人間と魔族のハーフか。だから人間側にスパイとして潜り込んで活動していた」
「そこまでわかってて黙ってたの? 意地が悪いのね」
「確信したのはここに来てからさ。君がグラスワンダーを倒した時だ。あの魔法が人間に出せる威力じゃないことぐらい、俺にだってわかる。タワーが倒れて、本来の力を出せるようになったんだろう?」
「そうよ。あなたにも叩き込んであげようかしら?」
「勘弁してくれ……。それに、君はどちらかというと穏健派じゃないのか?」
「あら、どうしてそう思うの?」
「クレストを止めようとしてたからな。親の片方が人間の君達にとっては、どちらの陣営にも身内がいるはずだ」
「まあ、アタリってことにしてあげましょうか」
フローラはクスりと笑った。
「違うのか?」
「違わないわ。ただ、タワーの破壊を止めようとしてたわけじゃないってだけ。私がこの作戦に反対したのは、彼の犠牲が前提だったからよ。それに――」
「アニューゼを治療する必要がある」
フローラは目を白黒させてユーニを見た。
「ちょっと、やだ……、そこまで知ってたの?」
「クレストの部屋に心臓病の本がいくつもあったんでな。あの子の母親は心臓病で死んだ。そしてアニューゼにも同じ疾患が遺伝している可能性がある。……違うか?」
「……その通りよ。パープルヘイトの原料になる魔力草が予防になるわ」
「……あの子をどうするつもりだ?」
「どうもしないわ。私にとっても姪っ子だもの」
「姪? 君はいったい……」
「異父兄妹よ。クレストのね」
「異父……。だがレオパルドの嫁さんは死んだはずじゃ……」
「すぐにじゃないわ。色々と苦労したみたいよ?」
「そうか……」
ユーニはタバコに火をつけると、少し迷ってからポケットから紙を一枚取り出し、フローラに向けて差し出した。
「レオパルドの鑑定結果は”自分の孫”だそうだ」
しかしフローラはそれを一瞥こそしたものの、受け取ろうとはしなかった。
フローラは無言のまま、アニューゼの方へと少し歩き、そして振り返った。
「いらないわ。余計なお世話ってものよ」
ユーニが初めて見る、満面の笑顔だった。
「……そうだな」
ユーニも小さく笑い、そしてマッチで紙に火をつけた。
二人の名が記された”鑑定書”が徐々に灰になって散っていく。
『
被検体 A : クレスト = モース
被検体 B : ルイス = モース
両者が親子である可能性 : 0 パーセント
』
そして雪が降り始めた。
……これは贖罪の完了なのだろうか?
五年前、クレストは勇者リリアの――、娘のパーティの一員だった。
一人だけ生き残ったクレストは、彼女のパーティの戦士として、ずっと戦い続けていた。
それは復讐か、あるいは懺悔か。
勇者クレストが、そして魔王となったクレストが最も裁きたかったのは、無力な自分自身だったのかもしれない。
そして今日、最後の一人となったクレストもまた、仲間の後を追った。
魔王討伐へと向かった勇者リリアのパーティは、出発から五年経った今この時をもって、ついに全滅したのだ。
戦士クレストは、魔王クレストを殺し、勇者クレストを裁き――。
”そして勇者パーティは全滅した”
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