18:肉親の定義
ユーニはすっかり混乱して搭乗席を覗き込んでいた。
「レオパルド……。どうしてお前が……」
少し前から所在がわからなくなっていた同僚が、いったいどうしてこんなところにいるのか。
まさかレオパルドもまたクレストの仲間だったのか?
「その声は……、ユーニか?」
腹部から下をグラスワンダーの装甲に押し潰された状態のレオパルドがゆっくりと顔を上げた。
しかし視線はユーニは少し外れ、誰もいない宙に向けられている。
失血の影響なのか、どうやら既に視力がないらしい。
「……ユーニなのか?」
やはり見えていないようだ。
ユーニは操縦席に下りると、レオパルドの手を握って「そうだ」と答えた。
「まさかお前もクレストの一派だったとはな」
「昨日からな。お前のおかげだ」
「俺の?」
ユーニは最初心当たりがなかったが、消去法で候補を二つに絞った。
しかしそこから先を選ぶより早く、レオパルドが話し始めた。
「昔な……、戦争の時だ。嫁が子供を産んだんだ。俺が戦場にいっている間に。だが街が襲われて、嫁は死んだ。知ったのは戦争が終わって家に戻ってからだ。子供だけは助かって孤児院に預けられたと聞いたが、探しても見つからなかった」
「独り身じゃなかったのか」
「はっは、残念だったな」
レオパルドは力なく笑うと、口から血を吐いた。
「それからだ。ずっと探してたんだ。今の仕事についたのも、子供を探すのに役立つんじゃないかと思ったんだ。もしかしたらサンプルの中に、俺と親子関係があるパターンがあるんじゃないかって、な」
「そうか、それで……」
「ああ、だから俺は……、ここで死ぬべきなんだ」
「……レオパルド。クレストはお前の――」
「ああ、息子だ」
その直後、ユーニは頭上が少しざわつくのを感じた。
ちらりと上を見ると、アニューゼと目が合った。
今まで見たことがないほどに目を大きく見開き、こちらを覗き込んでいる。
「あなたが……、お爺様、なのですか?」
信じられないという表情のまま、アニューゼも操縦席に降りてきた。
彼女がレオパルドを挟んでユーニと反対側に座り込むと、本来一人乗りのスペースはいっぱいだった。
「この声は……、誰だ?」
「ルイスです! あなたの孫の! ルイスです!」
その頃にはもう消火隊の面々もグラスワンダーの周りに集まって来ていたが、アニューゼという偽名の方しか知らない彼らは事態が飲み込めずに互い顔を見合わせた。
ルイスが涙を流して死の間際にいる老人の手を握ると、ユーニとレオパルドの間に小さな沈黙が起きた。
「……そうだ。悪かったなお嬢ちゃん。危うく怪我させちまうところだった」
「大丈夫です! かすってもいません!」
「はっは、結構本気で狙ったんだがな。大したもんだ。流石は勇者クレストの娘だ」
「レオパルド……、いいのか?」
「ああ……、いいんだ。”大事な孫”を撃たなくてよかっ――」
言い終わるより前に、レオパルドは事切れた。
「……」
ユーニは開いたままになっていたレオパルドの瞼をそっと閉じた。
「レオパルドには家族はいないと聞いていた。俺が喪主をやってやろうかと思ってたんだが、まさかこんな最後になるとはな」
レオパルドの隣には、ユーニが彼に貸した鞘があった。
本来は剣を差すべき口の部分が仄かに青白く輝き、不自然な方向に光が伸びている。
グラスワンダーの外に出たユーニが軽く振ってみても、光だけは向きが変わらない。
試しに地面に立てて手を離すと、光と同じ方向に倒れた。
「ねえ、もしかしてそれが?」
フローラの視線は真っすぐに鞘へと注がれていた。
注視してこそいなかったが、軍人達も同様に注目しているようだ。
周辺の灯りを全て壊してしまっている中で鞘の光は嫌でも目立つ。
これでは質問してくれと言っているようなものだった。
「ああ。フェノーメノの鞘だ。どうやって光らせてるかはわからんがな。少なくとも俺が持っていた時は光る素振りはまるでなかった」
「距離が近いからかもしれないわね」
光はユーニ達の目的地の方向と完全に一致していた。
フローラの仮定が正しければ、剣が近くにあるということだ。
そしてその持ち主も――。
間違いなくいる。
この先に、クレストが。
ユーニはそう確信した。
「行こう」
「でも、お爺様が……」
まだレオパルドの横にいたアニューゼがユーニを見上げた。
その瞳は涙で潤んでいる。
「たとえレオパルドの息子だろうと、クレストの思い通りにさせるわけにはいかない」
クレストの名を聞いたアニューゼはハッとした表情で、名残惜しそうにグラスワンダーから出た。
「……行きましょう」
「君はここにいてもいいんだぞ? どのみち、怪我したやつらの面倒は必要だ」
そう言いながら、ユーニはフローラに視線で同意を求めた。
戦闘中は気が付かなかったのだが、どうやら負傷した消火隊は全部で三人もいたらしく、ユーニが駆け寄った以外の二人も脚を負傷して移動が困難だ。
負傷した素人では足手まといにしかならないので、アニューゼをここに置いていく口実としては手頃に思えた。
「そうね」
「いえ、私も行きます」
「……アニューゼ、君はここにいてくれ」
「でも――」
「レオパルドはずっと家族を探してたんだ。一緒にいてやってくれ。……頼む。」
それが少女の決意を折る、決定打だった。
★
不気味な進軍だった。
事前の予想通り、敵は大半を王都での工作に投入したようで、ここには行く手を阻むような敵はいなかった。
……あまりにもいなさ過ぎた。
暗い洞窟を抜けると、開けた場所に出た。
枯れかけた夕陽が眩しい。
「ここよ」
フローラのその言葉で、ユーニは自分達が目的地に到達したことを理解した。
確かに事前の情報通り小さな盆地のような地形で、周囲は崖に囲まれているので身を隠す場所は殆ど見当たらない。
……静かだ。
それはあまりにも行き過ぎた静寂だった。
足音さえ、呼吸さえも騒音となってしまうのではないかと不安を覚えるほどに、音が旅することを忘れた場所だった。
ユーニ達はまるで予想外のスポットライトを浴びた観客の気分だ。
そして本来スポットライトが当たるべき場所には、地面に突き立てた剣を抱き抱えるようにして男が座っていた。
一人だけだ。
他には誰もいない。
頭部にはフルフェイスの兜を被っていて、目の前にある馬車のような機械とケーブルで繋がれている。
いったい誰だろうか?
ユーニはその疑問に頭を振った。
――自分達は既にその答えを知っている。
先代勇者クレスト。
それ以外に可能性はなかった。
ユーニはフローラと無言で頷き合うと、ショットガンを構えてゆっくり歩き出した。
軍人達もまた、フローラの指示に従って扇状に距離を詰めていく
近くで見れば、相手が男であることは明らかだった。
しかしまだ相手に一切の動きはない。
距離は更に詰まり、そして詰まり切った。
「動くな」
ユーニの銃口がついに兜に当たり、鈍い音が波のように広がっても、しかしそれでも相手は動かない、動じない。
これが勇者の胆力かと息を呑んだユーニだったが、まさかと気づいて、思わず男の首へと手をやった。
人の体温。
しかし、それ以上に”肝心なもの”がない。
ユーニが脱力気味に銃を降ろすと、周囲は何事かと視線を彼に向けた。
疑問と困惑。
それに対する説明は一言で十分だった。
「……もう死んでる」
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