17:門番

 時間帯は夕方に向けて日が暮れ始める頃合いになった。

 ユーニ達はクレストがいる場所へと続く坑道の前に来ていた。


 ここからも王都の様子が見える。

 ユーニは<巨人>の進行速度とタワーまでの距離を目算し、焦りの色を浮かべた。


「先に日が落ちてくれると嬉しかったんだが、このペースだと厳しそうだな。先にタワーに取りつかれる」


「ここを突破できれば私達の勝ち、ダメなら負けよ。……心の準備はいい?」


 皆一斉に頷いた。

 この坑道の先にはクレストがいる。


 ……そのはずだ。



「おいおい、なんだありゃあ……」


 坑道を進んだユーニ達は、曲がり角の先にある少し広めの空間に鎮座した守護者を見て絶句した。

  

 その正体がわからないという意味ではない。

 むしろユーニはそれについてよく知っている方である。


 フローラと一緒に来た正規の軍人達なら尚更だろう。


 軍事用アーティファクト・グラスワンダー。

 言ってみれば、この世界で最強の対歩兵戦車である。


 ユーニ達のいる位置から全力疾走で数十秒ほど先に、我が物顔で陣取っている。


「連中、あんなのまで持ってたのか」


「いくらなんでもグラスワンダーの横流しなんて無理よ。見て。土で隠れててわかりにくいけど、左右の足が何本かないわ。きっと先日の戦いで鹵獲したのを持ってきたのよ。本来の機動ができないから、固定砲台にしたみたいね」


 しかし動かないということはあの場所から立ち去ってくれないということである。

 この閉ざされた空間においてはむしろ最大級の脅威だった。


 ユーニは周囲を見渡した。

 等間隔のランプに照らされた暗い坑道ではあるが、グラスワンダーを避けていけるような抜け道は見当たらない。


 そうなると戦うしかないわけだが、互いの火力は天地の差である。

 向こうは分厚い装甲に守られているので、ユーニの魔力式ショットガンはもちろんのこと、他の小銃だってまず効果はない。

  

 加えてフローラが連れてきた本職の軍人の話によると、「塹壕で足元を固めてるんで、下からマジックボムでひっくり返す手は使えませんね」とのことらしい。

 というわけでこちらは決定打無しだ。


 対して敵は対陣地用の主砲に加え、正面方向に対人のガトリング砲を二つ装備している。

 マガジン部分の形状を見るに、全て本体から魔力を供給して発射するタイプだろう。


 魔力式の、それも有線で補給するタイプの最大のメリットは、弾切れが発生せず、間断ない攻撃ができることだ。

 反面、魔力供給源と常時接続する必要があるわけだが、弱点となるケーブルはしっかりと追加装甲で覆われており、本体からの遮断は絶望的に見える。


「こちらが勝ってるのは数と小回りぐらいかしら?」


「わかりました! では分散して突撃しましょう!」


 いきなり脳金みたいな案を出したのは、意外なことに大型の銃を構えたアニューゼだった。

 諌めようとしたユーニは彼女の方を見てギョッとした。


 華奢な少女が、本人の倍どころか三倍を超えるような重量の対戦車ライフルを楽々と持ち上げているではないか。

 先ほどまで、軍人達が数人がかりで運んでいた代物である。


 おまけに腰にはいつの間にか予備のマガジンが四つほどぶら下がっていた。

 これだって一つだけでも大の男が持ち運びに苦労する重さのはずだ。


「ベルトが丈夫でよかったわね」


 フローラも苦笑いだった。


「おい、落ち着けアニューゼ」


「落ち着いてます! ユーニさんこそ、安全装置外れてませんよ!」


「え? お、おう、すまん……」


 はたして彼女はこんなキャラだっただろうか?

 まるで戦場でタガが外れてしまったかのようだ。


 そしてアニューゼはまるで指揮官のように敵を指差した。


「見てください。グラスワンダーは本来、広域のサブカメラがついてるはずですが、なくなっています。つまりこちらの位置を確認できるのは本体固定のメインカメラだけです。そしてあのカメラは野戦砲で狙撃するために取り付けられたもので、望遠は得意ですが、近距離戦で周囲を広く確認するのには向いていません。ですから! 近づいて多方向から囲んでさえしまえば勝てます!」


「……そ、そうなのか?」


 ユーニはアニューゼの流暢な説明を聞いて、思わずフローラ達を見た。


「カメラに関しては私も知らなかったわ。どうなの?」


 フローラもまた思わず横の軍人を見た。


「……妥当だと思います。補足するなら、体を外に出して確認はできるので、狙撃の準備はしておいた方がいいってことぐらいですかね」


「メインカメラは壊せないの?」


「あれ、結構固いんですよ。組成的には防壁と同じ材料なんで。前に試したことあるんですけど、スナイパーで撃っても跳弾するだけで割れないんです」


「では決まりですね! マジックボムで目くらましをして近づきましょう!」


 今にも飛び出しそうなアニューゼに対し、意外にも軍人達から反発の声は上がらなかった。


「先に灯りを壊しましょう。たぶん敵の視界はもう夜戦モードなんでしょうけど、見てるのは人間なんで、光は少ない方が隠れやすいです」


 軍人はそう言ってところどころにある地面の山や窪み部分を指差した。

 中には人が一人ぐらい隠れられそうなスペースがいくつもある。


 要はここに身を隠しながら近づこうということだ。


「それしかなさそうね。狙撃要員だけ残して突撃しましょう。……あなたはこっちよ」


 フローラは指示を出すと、アニューゼが飛び出さないように引っ張った。


「どうしてですか?! 私も前に!」


「あなたに何かあると私達が困るのよ」


 フローラは本当に困ってそうな声を上げた。


「みんな、この子が突っ込もうとしたらお願いね?」


「大丈夫です! アニューゼさんは僕が何としてもお守りします!」


 リアンはどうやらアニューゼ派らしく、抜け駆けはさせまいと他の消火隊の男達も次々と声を上げ始めた。


「お前ら、そんなキャラだったか?」


 半分呆れつつ、ユーニは照準を確認した。


「ちょっと、あなたも出る気?」

 

「君も行くんだろう? ……まあ、無理をする気はないさ」


「仕方ないわね。準備はいい? 敵との間にあるランプが全部割れたら突撃よ」


 結局、狙撃役の軍人一人とアニューゼがこの場に残って支援射撃をすることになった。

 他のメンバーが暗闇に慣れるために目を閉じている間、その二人でランプを破壊していく。


 意外にもランプを多く破壊したのはアニューゼで、命中率も彼女の方が高かった。

 というか全発命中である。


「割れました!」


「よし、行くわよ! 固まらないように!」


 軍人の一人が敵に向かってマジックボムを投げた。

 その爆発を合図に、皆が一斉に目を開き走り出していく。


 まず軍人達が飛び出し、続いてフローラ、消火隊の男達だ。

 ユーニも最後尾からそれを追いかけた。


 単に全力疾走するなら数十秒。

 しかし運動不足のユーニだけは倍以上必要かもしれない。


 足場は悪く、敵の攻撃を常に警戒しないといけないことを考えると、一分以上かかるのは確実。

 先行する味方の背を見るユーニは、まるで自分だけが止まっているかのような気分だった。


 坑道の奥からだけ光が差し込む中、人影だけが動いている。

 しかしその動きを見ればどれが本職の軍人かは一目でわかった。


「敵に動き!」 


 ユーニの背後からアニューゼの声が響いた。


 流石に異変に気がついたのか、グラスワンダーも動き出したらしい。

 カメラのついた上部を左右に振ってクリアリングすると、左右に薙ぎ払うようにガトリングを打ち始めた。


 前情報通り、マジックボムによるダメージは皆無と言い切っても良さそうだ。

 ユーニの淡い期待が静かに散っていく。


「うおっ!」


 ユーニが窪みに飛び込むと、直後に頭の上を銃弾が通り過ぎていった。


「こいつは予想以上だな……」


 実際に銃で狙われる身になるのはこれが始めてだ。

 生きた心地がしないとはまさにこの事である。


 他のメンバーも全員が身を隠す場所を見つけらしく、死傷者こそ出ていないようだが、強烈な弾幕によって先に進めないでいた。


 なにせ、射線が過ぎ去ったと思ったらすぐに戻って来るのである。

 弾のリロードが不要であることの優位性がいかに大きいかを、ユーニ達は体感することになった。


 フローラと軍人達はかなり前進した上、更に進む機会を伺っているが、消火隊の面々はもう完全にブルって縮こまっている。


「リアン! 大丈夫か!」


「大丈夫じゃないですよ! やっぱり来るんじゃなかった!」


 ついさっきまでアニューゼを守るとか言っていたのに、これである。

 しかしそれだけ危機的状況であるのも事実だった。


 逆に先ほどにも増してやたらと勇ましいのがアニューゼ本人だ。


「援護します!」


 彼女は曲がり角から飛び出すと、ライフルでグラスワンダーのカメラを狙い打った。


 ――結果は直撃。

 これには隙を伺っていたフローラ達も驚きである。


 事前に言われていた通り破壊することはできなかったが、敵の注意を引き付けることには成功したらしく、グラスワンダーは弾をばら撒くのを止めてアニューゼの方向に主砲を向けた。


 華麗なローリングで曲がり角に退避するアニューゼ。

 直後に轟音が鳴り響き、彼女の立っていた場所が爆ぜた。


「アニューゼ!」


「大丈夫です!」


「ついでに俺もな!」


 ユーニが声を上げると、後方二人の反応が返ってきた。


「本当に肝を冷やすわね……。今の内に進むわよ!」


 フローラが言い終わるより先に軍人達はもう動き出していた。

 

「リアン! 俺達も援護だ! 敵の注意を分散させるぞ!」


 ユーニは少しだけ体を出して、ショットガンで敵を撃った。

 しかし有効射程の遥か外なので、魔力弾は消滅して届かない。


「ちょっと! 味方に当てないでよ?!」


「すまん!」


 フローラに言われるまでその可能性を見落としていたユーニは、舌打ちをして窪みに再び身を隠した。

 こんなことなら精密射撃ができるライフルを持ってくれば良かったのだが、今さら後悔しても遅い。


 再びユーニ頭上をガトリングの弾が通り過ぎた後、消火隊の一人が叫んだ。


「撃たれた! 撃たれたぁっ!」


 どうやらユーニ同様に銃で援護しようとして、逆に被弾したらしい。

 アニューゼが再び攻撃した隙に、ユーニは負傷した男の所へと走り込んだ。


「大丈夫か! どこを撃たれた?!」


 男は答えなかったが、足を押さえていたので撃たれた場所はすぐにわかった。

 こうしている間にも戦いは進んでいる。


 敵の主砲がユーニ達の隠れている小さな山に着弾し、跡形もなく吹き飛ばした。


「ユーニさん!」


「大丈夫だ! クソったれ!」

 

 ユーニは負傷した男を背負い、別の窪みに向かって移動を始めた。

 しかし思い通りの速度はでない。


 ちらりと前方を見ると、フローラ達があと少しで敵に取り付けそうな所まで進むのに成功していた。

 ……が、そのためには、おそらくもう一度主砲の攻撃を乗り越える必要がありそうだ。


 理由はよくわからないが、どうやら敵は主砲とガトリング砲を同時に撃てない様子だった。

 確か仕様上は可能だったはずだが……、もしかすると脚部同様に故障しているのかもしれない。

 

 そうなると主砲を使っている時間がガトリング砲の止まっている時間に等しいわけだ。

 フローラ達はガトリングの止まった隙を狙って前進しているため、最後の一押しもやはり同じようにしてやる必要がある。

 

 ……と、少なくともユーニはそう考えていた。


 しかし状況はそう甘くはない。

 盾として使っていた小山は吹き飛ばされ、撃たれて素早く動けない若者一人と共に、ユーニは敵前に丸裸同然で晒されている。


 だが最悪自分が犠牲になったとしても、若い奴を死なせるわけにはいかないという、中年なりの妙なプライドがあった。


 いつの間にかユーニ達のところまで駆け寄っていたリアンが、落ちていた鉄板を盾替わりに彼らの前へ出た。

 足はガクガクと震えている。


「リアン!」


「今の内に! 早く!」


 そんな彼をグラスワンダーの主砲が狙う。

 辛うじて胴体を隠せるぐらいしかない大きさの薄く錆びてもろくなった鉄板に魔法弾を減衰するような効果があるわけもなく、このままではリアンが肉塊になるのは確実だった。


「待て!」


 ユーニは目の前で若者が弾け飛ぶ未来を予感した。


「……」


 沈黙。


 どういうわけか、グラスワンダーは主砲を発射しなかった。

 そして空気が歪むような音が響いたかと思うと、次の瞬間、グラスワンダーが爆ぜ、坑道内を凄まじい轟音が駆け巡った。


 少し遅れて爆風がユーニ達を煽る。


「きゃ?!」


 背後からアニューゼの小さな悲鳴が聞こえた。


「なんだ?! 何が起こった?!」


 ユーニの質問に答える者はいない。

 自分の目で確かめるしかなかった。


 答えがわかったのは土煙が晴れた直後だった。


 致命傷を負って沈黙したグラスワンダーの背後ににはフローラが立っていた。

 薄明りではあるが彼女で間違いない。


 ユーニは負傷者の手当をリアンに任せ、フローラに駆け寄った。


「君がやったのか?」


 近くで見ると、グラスワンダーは明らかに外部、それも後方からの攻撃で破壊されていた。

 マジックボムですら致命傷を与えられなかった強固な装甲に大穴が開いている。


「とっておきよ。消耗が激しすぎるから、本当は使いたくなかったんだけど」


 そう言ったフローラは珍しく額に汗をかき、肩で息をしていた。

 どうやら消耗が激しいというのは嘘ではないらしい。


「魔法か」


「中を確認しましょう。トドメを刺さないと、背後から挟撃されますから」


 まるで話題を変えるかのように、軍人の一人がグラスワンダーを親指で差した。

 上部の主砲は大部分が吹き飛んでおり、人が乗る下部スペースも半分近くが潰れている。


 ユーニにはとても戦闘継続できる状態には見えなかったが、フローラ達はそうは判断していないようだった。

 軍人達が銃を向けて警戒する中、別の軍人が搭乗部の変形した上部装甲を強引に剥がした。


「クリア。まだ息がありますが、放っておいても長くないですね。……尋問します?」


 アニューゼが近づいてくるのを確認しながら、一人がそう聞いてきた。

 彼女がいなかったなら、おそらく尋問ではなく拷問と言うつもりだったのだろう。


 ユーニはフローラに続いて内部を見下ろした。


 どうやら下半身を装甲に押し潰されてしまい、虫の息のようだ。

 しかしどこかで見た気がするような白髪である。


 疑問を精査するまでもなく、答え合わせの時はすぐに訪れた。


 ユーニは搭乗者の顔を確認し、息を止めた。


「おい……、どうしてお前が……」

 

 乗っていたのは、他でもない、同僚のレオパルドだった。

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