16:皆無
ユーニは急ぎ足で基地へと戻った。
目的はもちろん、レオパルドに渡したフェノーメノの鞘だ。
……が、しかしユーニの期待に反し、基地にいたのは仕事を終えて戻ってきたリアン達消火隊の面々だけだった。
「ユーニさん!」
「リアン、すまんがレオパルドはどこだ?」
「レオパルドさんですか?」
「ああ、急ぎでな」
「実は僕達も探してんですけど、どこにもいないんですよ」
「おいおい、嘘だろ……」
リアン達がレオパルドを探しているのは、彼が伝言役をやっていたからだ。
治安隊にもいよいよ退避命令が出たという情報が入り、その真偽を確認しようと戻ってきたらしい。
彼らの話では、住民の避難はほぼ完了しているようだ。
確かにユーニもここに来るまでの道中で誰とも会っていない。
「レオパルド……」
レオパルドの机を見ても件の鞘らしきものは見当たらない。
もしかすると頼んだ仕事するために実験室に行っているのかもしれないと思ったユーニは、そこで初めて、自席の上に書類が置かれていることに気が付いた。
それはユーニが頼んだ仕事の結果だった。
横には「少し出かけてくる」と書かれた付箋が張ってある。
……間違いなくレオパルドの字だ。
「レオパルドさんからですか?」
「ああ。すぐに戻って来てくれるといいんだがな」
ユーニは付箋だけを剥がして中身を一瞥すると、逃げるように書類だけをポケットに突っ込んだ。
「おい! <巨人>が城壁まで来たぞ!」
消火隊の一人が歓声とも悲鳴とも取れるような声を上げ、みんな弾かれたように一斉に窓の外へと視線を向けた。
それはちょうど、<巨人>が王都の城壁を蹴り飛ばしたのと同時だった。
「やべぇ……」
消火隊の誰かが呟いた。
この場所は進行方向から外れているから、<巨人>に踏みつぶされる心配はない。
……が、しかしタワーが破壊されてしまえばそんなことは無意味だ。
魔族に侵攻されれば、安全な場所などどこにもなくなる。
一刻早くクレストを止めなければ。
しかしもうレオパルドを探している時間がない。
「ユーニさん! あれ! 誰か来ます!」
リアンはユーニの袖を引っ張ると眼下を指した。
明らかに治安隊ではない一団が建物に入ろうとしている。
その中にはフローラの姿があった。
いつものロングスカートからミドルスカートに履き替え、腰の左右には携行用の小さな剣と銃を一つずつぶら下げている。
フローラがクレストを襲撃する部隊を引き連れてきたのだ。
ここに来た目的は間違いなくフェノーメノの鞘である。
「もう来たのか。早いな」
ユーニは気まずそうな表情でフローラを出迎えた。
「すまん、実は鞘を預けた相手が見つからないんだ」
「予定通りに進んでないのはこっちもよ。それでお願いなんだけど――」
「ユーニさん!」
フローラの後ろから聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「アニューゼ?! どうして君までここに?!」
後ろからフローラを追いかけて来たのは、他でもないアニューゼだった。
しかもフローラよりも短いスカートを履いて、きちんと剣と銃まで装備しているではないか。
「おいおいまさか……」
「話は全て聞きました。……私も戦います」
戦闘の際、女性はスカートの内側に暗器やマジックアイテムを忍ばせるのが定番だ。
今までアニューゼとして行動する時はずっとパンツスタイルだったことを踏まえると、本気度が伺える。
「無理を言うな。危険すぎる」
「私も勇者の娘です。多少の心得はあります。それに、父が首謀者となれば……、行かないわけにはいきません」
「……フローラ、ちょっとこっちへ」
ユーニはフローラを引っ張って角へと移動すると、二人で密談の体制になった。
「おい、なんで止めないんだ、流石にこれは聞いてないぞ」
「仕方ないじゃない。父親の不始末は自分がつけるって言って聞かないんだから」
「クレストのことはどこまで知ってる?」
「もう全部よ。賢い子だから、中途半端に隠し切れなかったのよ」
フローラはバツの悪そうな顔で視線をそらした。
ユーニもまた頭を抱えたい気分だった。
「それに、あの子が必要なのも事実なのよ。用意してた部隊をどこかのバカな将軍が<巨人>の対応に持っていっちゃったせいで、戦力が全然足りてないの。クレストの居場所はもうわかってるから、人を集められないかしら?」
リアン達消火隊はいったい何事だという顔で遠巻きから見ている。
もっとも、彼らの関心は主にフローラとアニューゼに集中しているようだが。
「人か……。一応確認だが、この際、戦闘のプロでなくてもいいんだよな?」
「敵前逃亡しないならね。あの子に武器を持たせるぐらいだもの、背に腹は代えられないわ」
ユーニとフローラの視線は、揃ってリアン達に注がれていた。
★
ユーニ達から事情を聞いた消火隊の面々の反応は一様に驚愕だった。
何せ組織の下っ端である彼らには碌な情報が共有されていなかったから、この今になってようやく全容を把握できたのだ。
謎の<巨人>が出現して王都は大混乱、みんなが逃げ惑っているぐらいの認識だった彼らの世界はひっくり返った。
しかしそこですぐに首を縦に振るのが、若さの優れたところである。
事態が無事に収束した後の責任問題の心配をしてしまったユーニとは大違いだ。
まあ、単純に美人に弱いと言ってしまえば変わらない気もしてくるのだが。
とにかく、その場でリアン達六人が戦力として加わった。
実戦経験こそないが普段から体を鍛えているし、チームでの活動に慣れているので連携に関する心配は少ない。
ユーニのような中年が増えるよりはよほど良いだろう。
贅沢の言えない現状では最善の結果のように思えた。
とはいえ、全部合わせても人数は二十人に届いていない。
フローラの言う通り、戦力が足りていなかった。
しかしそれでもやるしかないのだ。
「マジックボムは一人最低三つは持って。ピンを抜いて安全レバーを離したら八秒後に爆発。焦って味方のいるところに落とさないこと。他の装備も剣以外は全部魔法式だけど、魔力が無くても使えるから安心して」
フローラが慣れた様子で説明していく。
ユーニも魔力式のショットガンを持った。
実弾式に比べると軽く、射程も長い。
離れた相手には弾の密度が薄くなってしまうが、銃を使い慣れないユーニにはそれより当てることの方が重要だ。
彼女達が乗ってきた馬車の中には、歩兵用の装備こそ十分な数があったが、反対に突破力のある大砲などは一つもなかった。
おそらくは<巨人>用に全部持っていかれたのだろう。
「なあ、クレストの居場所は本当に大丈夫なのか?」
ユーニとしては自分がフェノーメノの鞘を確保できなかった負い目がある。
「大丈夫よ。今から説明するわ」
フローラはクレストが潜伏しているとされている付近の地図を持ってこさせた。
「いい? クレストがいるのはこの山の中にある台地の部分よ。ここは王都を直接確認できる位置にあるわ。つまり逆を言えば――」
「こちらからも見える可能性があるのか」
「ええ。何度かそれらしい部隊を確認したから、クレストはここいるのは間違いないわ。問題は到達するまでのルートよ。この辺りは切り立った崖が多くて、クレストのいる場所に辿り着くには古い坑道を通るしかないの。当然、向こうも想定してるでしょうね」
フローラが地図上の坑道を指でなぞった。
「うーむ……。この距離だと歩くだけなら一時間ってところだろうが、戦うことも考えると厳しそうだな」
特に中年には、とユーニは内心で付け加えた。
「それが奇妙なんだけど、向こうもそこまで大人数じゃなさそうなのよ」
「山奥とはいえ王都の近くだからな。流石に大部隊で目立つリスクは取れなかったんじゃないか?」
「私は王都での妨害工作に大半を投入したんじゃないかと思ってるの。タワーを壊した後に魔王軍で制圧するなら、混乱は増やしたいはずだもの」
ユーニとフローラが話している間、アニューゼは地図上でクレストがいるとされた場所をジッと見ていた。
「ここにお父様が……」
「アニューゼ、落ち着きなさい。冷静さを欠けば好機を取り逃がすことになるわ。ほら、これでも飲んで」
アニューゼの様子に気付いたフローラがボトルを差し出した。
中身はどうやらハーブティーの類だったらしく、勢い良く飲んだ少女の口元から紫の液体が一滴だけ垂れた。
それでも神妙な顔を崩さない健気なアニューゼに対し、周囲の消火隊の顔は脳みそハッピートリガーかと思うぐらい緩みに緩みまくっている。
彼らの視線は地図ではなく二人の美女にずっと集中していた。
ちなみにアニューゼ派とフローラ派の割合はちょうど半々ぐらいだ。
「敵に見つからないように、このルートを馬車で移動するわ。坑道の中は一本道だけど、三班に分かれて行動よ。」
フローラの説明を聞きながら、ユーニはポケットに入れた紙が横にいるアニューゼに見えないようにと、さりげなく奥に押しやった。
これは彼女にとっても極めて深刻な内容なのだ。
そう、なにせ――。
『
被検体 A : クレスト = モース
被検体 B : リリア
両者が親子である可能性 : 99 パーセント
』
……鑑定書にはそう書かれていたのだから。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます