15:剣と鞘
規則正しく揺れる大地。
王都の前に展開した部隊は漆黒の<巨人>の姿を正面に捉えていた。
太陽はまだ正午の位置にすら達していない。
その事実はつまり、王都での最後の防衛戦が今日始まることを意味している。
既に多くの住民が逃げ出し、略奪さえも終わってしまった王都の中を、ユーニは速足で歩いていた。
向かっているのは一般街の外れにある建物だ。
フローラからクレストの仲間と落ち合うと連絡があった場所である。
どうやら元々は賃貸用の住居だったようだが、生活感が見たらない程度には荒れていた。
「家賃の取り立てだ」
フローラに言われた合言葉と共にドアをノックすると、彼女の付き人がユーニを迎え入れた。
昼間だというのに中は薄暗い。
「あら、遅かったじゃない」
「急ぎ過ぎると怪しまれるからな。……で、相手はもう来てるのか?」
「奥の部屋よ。あなたは私の護衛ってことにしてあるから、黙っててね」
「じゃあなんで呼んだんだ……?」
「いちいち連絡する手間が省けるでしょ? 今は特に時間が大事だもの」
フローラが言った直後、規則だった地響きが不規則になった。
おそらくは<巨人>に対する攻撃によるものだろう。
「どうやら始まったみたいね。……急ぎましょう」
奥の部屋に進むと、そこにいたのは意外にも女だった。
見た目はフローラと同世代ぐらいだが、こちらはかなり粗暴な印象である。
壊れた窓を全開にして、何かあればすぐ逃げられるようにとその近くに立っている様子を見る限り、少なくともユーニより荒事の心得はありそうだ。
「長話する気はないよ。金はちゃんと持ってきたんだろうね?」
すると、フローラが小さな袋を取り出して女の足元に投げた。
「前金として半分よ。 残り半分は外にいる護衛が持ってるわ」
女はユーニ達に警戒しながら袋を拾うと、中に入っていた金貨を数え始めた。
平静を装おうとしているようだったが、明らかに目の色が変わっている。
(五枚、六枚……、まだあるのか。俺の稼ぎの何倍だ?)
平民どころか、下級貴族でも動揺するぐらいの金額である。
一大事中の一大事だからそれぐらいの金額が動いてもおかしくはないが、安月給を自認するユーニとしては少々複雑な気分だ。
自分も協力しているのだから、少し貰えないかという邪な考えが脳裏を掠めていった。
「それじゃあ早速教えて貰おうかしら。クレストは今どこにいるの?」
「南の山脈さ。王都が見える位置にアジトを構えてるよ」
「あなたはそこにいったことがあるのかしら?」
「もちろんさ。クレスト本人も見たよ。大層な鎧なんてきちゃって、いい気なもんさ。……いっとくけど、道案内しろっていうならお断りだよ」
「あら、どうして? 報酬なら弾むわよ?」
「そりゃあ、命あっての物種だからね。クレストの周りはごっつい護衛が囲んでるんだ。迂闊に近づけば味方でも殺される。代わりに地図を売ってもやってもいいよ。アジトの場所が書いてある地図だ。……欲しいだろ?」
女の下卑た笑いを見て、ユーニはその魂胆がすぐにわかった。
フローラがまだまだ金を持っていると見て、取れるだけ取る気だ。
ユーニは密かにフローラを見た。
彼女に迷っている素振りはなかった。
「それを決める前にもう少し話を聞きたいわ」
すぐに食いつくと期待していた女は「ちっ」と舌打ちをした。
しかしフローラがバッグから金貨の入った袋を取り出すと、再び目の色を変えた。
後金は護衛に預けていると言っていたが、他にもまだ持っていたらしい。
ユーニはいろいろな意味でこの場にいるのが辛くなってきた。
「他には何が知りたいんだい?」
「あの影の<巨人>は誰がどうやって操作しているの? 見たところ、中に人が乗っているようにも見えないけど」
ユーニは「おや?」と思った。
なぜならフローラは既にその答えを知っているはずだからだ。
「さあね。クレストが魔法で操ってるみたいだけど、詳しくはわからないよ。あいにくアタシは学がないんでね。なんか馬車よりでかい機械に剣をぶっ刺して使ってたよ」
「それぐらいの大きさだと移動できるんじゃないかしら? 場所を変えられるなら、あなたの知っている場所に今もいるとは限らないし、わざわざ地図を買う意味はなさそうね」
フローラはそう言うと、金貨の袋をバッグに入れた。
なんともわかりやすく安っぽいブラフである。
しかしそれでも効果は抜群だった。
「ま、待ちなって! 確かに馬車で引いて移動させてたけど、<巨人>を動かしてる時は動けないんだよ! だからこの場所で間違いないって!」
「でも動かすことは可能なんでしょう?」
「それは、そうだけど……」
女はまだ金貨に未練がある様子だった。
なんとかして追加の報酬を得られないかと考えているようだ。
「そ、そうだ! そういえば、なんか妙なこと言ってたな……。剣の鞘がどうとか……」
「鞘?」
(ん?)
「クレストが使ってる剣は鞘がないんだ。それで鞘が剣と引かれあっていて、鞘があれば見つけられるって。だからクレストの剣の情報を調べればわかるはずさ。確か名前は……、フェノンだったかな? いやフェメンだったかも……」
「……もしかしてフェノーメノの鞘か?」
ユーニは思わず割り込んだ。
「それだ! それだよそれ!」
「あなた、知ってるの?」
「ああ、心当たりがある。今は俺の同僚が持ってるはずだ。おい、使い方はわかるのか?」
「地面に立てて手を離すだけだよ。剣と鞘はお互いがいる方向に必ず倒れるんだってさ」
ユーニがフローラを見て頷くと、彼女もまた意図を理解して頷き返した。
「……地図を買うわ」
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