12:現在の魔王
アニューゼと次回の約束をして、ユーニは帰宅した。
外はまだ日没を迎えたばかりだったが、考え過ぎて疲れていた彼は体を洗って早々にベッドへと入った。
それでも天井を見るとついつい今回の一件のことを考えてしまう。
寝る前に頭の中で情報を整理するのは、彼にとって睡眠の儀式である。
ユーニは自分がルドルフに対して投げかけた質問の答えを求めていた。
(英雄クレスト……。どうして奴はリリアのパーティに参加したんだ? 欲……、あるいは責任感か? 自分の手で封印した魔王が復活したと知って?)
何かが違う気がする。
(いや、待てよ……?)
深い睡眠に落ち込む瞬間というのは、往々にして良いアイディアが浮かぶ。
それは脳が理性という思い込みから解放されて自由になるからだとユーニは思っているが、あるいは何かの声を聞いているのかもしれなかった。
(もしかしてクレストは……)
天啓。
勇者は神託によって魔王の下へと導かれるというが、ユーニはまるで見えざる意志に導かれているかのように眠りへと落ちた。
★
「悪いニュースよ。個人的には最悪と言いたいぐらい」
歴代勇者達の証剣が置かれた部屋で、フローラは早速口を開いた。
今日は盗まれた剣の捜査ではないのでアニューゼはいない。
誰もいないし来ないからこそ、ユーニは密談の場所としてここを指定したのだ。
「国境の砦を消滅させた兵器。その正体がわかったわ」
「兵器……。やっぱりそうなのか?」
「そうよ。魔族が保管していた古代の戦闘用巨大アーティファクト・ラムタラ。それがクレスト達の切り札よ。連中はそれでタワーを壊す気だわ」
「パープルヘイトを使うんじゃなかったのか」
クレストがパープルヘイトでタワーを爆破するつもりだと予想していたユーニは、内心で少し驚いていた。
彼が遊撃戦を得意とする特殊部隊にいたという経歴から考えても、それが一番現実的だと思っていたからだ。
「タワーを壊すなら物理攻撃のラムタラの方が確実よ」
「そのラムタラってのは、いったいどういう兵器なんだ?」
「一言でいうなら影の巨人ね。存在できるのは日光がある時だけだけど、その間なら無敵よ。だって影だもの」
「影……。じゃあ国境を越えてから途中で足跡が途絶えたのも、日が落ちたせいか?」
「たぶんそれで正解よ。消滅状態のラムタラはその場から動けないから、きっと調査隊が途切れた足跡を調べていた時にはまだそこにいたんだわ」
フローラは一拍置くと、ユーニに少し顔を近づけて小声になった。
誰もいないせいか、静かな部屋には余計に声が響く気がする。
「最初に国境の砦が襲われてからしばらく動きがなかったのは、きっと魔力が足りなかったからよ。ラムタラは燃費が悪いから、体内に貯蔵された魔力をすぐに使い果たしちゃうの。魔力がないと影を固定できなくて離散するから。活動には日光と魔力の両方が必要なのよ」
「連続稼働時間は? 補給無しでどれぐらい動ける?」
「省魔力モードでもせいぜい半日ぐらいしかないわ。つまり半日毎にその場で魔力供給が必要ってこと。それが理由で、ラムタラは今までずっと使われなかったのよ」
「だったらなぜクレストはそのラムタラを使う? やっぱりパープルヘイトの方が――」
「だから研究所を襲ったのよ」
「……どういうことだ?」
「昨日になってわかったの。研究所にあったアーティファクトが一つなくなっていたそうよ。アーティファクトの名前はデモンペイン。生命力を膨大な魔力に変換するアイテムよ。用途は間違いなくラムタラの動力源ね。そしてそれとは別に盗んだ物がもう一つ。……あるでしょ?」
「クレストの剣か」
盗まれたクレストの剣は大きな魔力を流しても耐えられるように特殊な加工を施されていた。
ルドルフの話によれば、魔王の血によって更に高い魔力許容度を獲得したという話である。
「そうよ。それを使えば、デモンペインで生成した高濃度の魔力を最高効率でラムタラまで遠隔供給できるわ。今頃は送信装置の方を移動させてるんじゃないかしら? それが王都を射程に収め次第、彼らは次のフェイズに移るはずよ」
「……よくそこまでわかったな? やたら詳しいじゃないか」
「蛇の道は蛇ってこと。クレストに協力してるのとは別の派閥に属する魔族から情報提供があったの」
「ってことは、やっぱりクレストは魔族と組んでたのか」
「組んでたどころじゃないわ。今の魔王がクレストなのよ」
「……は? なに?」
ユーニは目を丸くした。
「だからクレストが魔王になったの。魔王城に正面から単騎で乗り込んだクレストが、先代の魔王を殺して玉座に座ったそうよ」
「いやいや、なんだそりゃあ……」
そもそもの話として、クレストが英雄扱いされているのは魔王の討伐が著しく困難であるからだ。
それどころか封印ですら成功させるのは容易ではないというのが大前提として存在する。
魔族の戦闘力は人間を数段上回り、それを統率する魔王となればその中でも間違いなく最上位。
単独でも強力な相手が、更に周囲を他の屈強な魔族達に守られているというのだから、それを少数のパーティによる奇襲で仕留めるのは至難としか言いようがない。
ましてや正面から挑んで単騎でそれを行うなど、人間の限界を超えた所業以外の何物でもなかった。
いや、人間どころか魔族だったとしても英雄譚の中でしか聞けないような話である。
「信じられん……。流石にそれはガセだろう? だいたい、クレストは魔族じゃないんだぞ? なんで人間が魔王になるんだ」
フローラの話はそれほど現実離れしていた。
少なくともユーニにはそう思えたのだ。
「私に聞かないで。とにかく、残念ながらそれが事実よ。それを良しとしなかった魔族達が封印されてた先々代の魔王を復活させて対抗しようとしたらしいけど、反旗を翻した直後にクレストの手で直接皆殺しにされたそうよ」
「おいおい……。だとしたら、まさに本物の英雄じゃないか……」
クレストは確かに最初の遠征でパーティの仲間と共に先々代魔王を封印している。
しかしそれが討伐ではなく封印だったのは、純粋に魔王を殺すだけの戦力がなかったからである。
少数とはいえ手練揃いのパーティを引き連れ、ルドルフの話によれば反魔王派の魔族まで一緒にいて、それでも魔王一人を仕留めることができなかったのだ。
それを今度はクレスト単独で倒したということになると……、彼の身にいったい何があったというのか。
「今じゃ歴史上で最も人間との戦争に積極的な魔王なんて言われてるらしいわ。皮肉ね。だけど障壁の反対から一方的に攻めてくる人間に不満があったのは事実だから、もう表立って反対する魔族もいないみたい。クレストはラムタラでタワーを壊して障壁を消した後、魔族の全軍を侵攻させるつもりよ」
「人間と魔族の全面戦争か。そんなことになったら――」
それは歴史が神話の時代にまで遡ることを意味していた。
「もう終わりよ。勝敗なんて始める前からわかってる。単純な軍事力の勝負じゃ人間側に勝ち目なんてないわ。その前になんとしてもクレストを止めないと」
「だがどうやって? はっきり言わせて貰うが、もう治安隊でどうにかなる話じゃないぞ? 少なくともそのラムタラってのを止めるのは無理だ」
そこが悩みの種だった。
王国治安隊というのは名前の通り治安維持を目的とした組織なのであって、本格的な戦争をするような装備はない。
ましてや砦をまるごと一つ消し飛ばすような敵を相手にする戦力など、国中のどこを探しても見当たらなかった。
「それぐらいわかってるわよ。上層部はそれでラムタラの消息が途絶えた付近に軍を展開することにしたわ。少なくともタワーが壊れない限り、クレストの戦力は限られてる。……裏切り者がいなければね」
「裏切り者……、いると思うか?」
「いるわよ。この機に乗じて自分達の権益を拡大させたい、あるいは何が起こっても自分達の身は大丈夫だと思って気楽に構えてる連中なんていくらでもね。事実、隣国のツベルはクレストに協力してるでしょ?」
フローラの言葉に含まれる意味をユーニはわかっているつもりでいた。
それはむしろ上級国民である彼女よりも、ユーニ達から頻繁に発せられている言葉だからだ。
「……王都の外からタワーに侵攻されるとなれば、間違いなく一般街か共用街も被害を受けるな。……最悪は両方ともか」
魔族を阻む境界線の発生源であるタワーは上級街の中心にある。
そしてその上級街は共用街と一般街に囲まれているから、タワーまで敵の戦力が到達するということはつまりこの街全体が深刻な被害を受けることと同義だった。
「だがわからないな。どうして人間のクレストがそこまでする? 世界制覇でも目指してるのか? 人間が滅んだ後も魔族が従い続ける保証なんてないのに」
「さあ……。それは本人に聞いてみたら?」
東方の街ラクが壊滅したという報せが届いたのは、その翌日だった。
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