11:クレストを知る男

 アニューゼと護衛二人を連れて歩く代わりに上級街を自由にうろつけるようになったユーニは、クレストと直接交流があった人物を訪ねた。


 ルドルフ=シュタイン。

 勇者クレストが魔王を封印した時の遠征で、彼とパーティを組んだ男である。


 つまりはクレストとアニエスの同僚だ。

 華奢な見た目に似合わぬ非常識な剛腕で知られ、自身の倍以上の重量を持つ超大型のメイスを楽々と振り回して常にパーティの先頭にいたと言われている。


 そしてクレストがそうであったように、彼もまた平民から特別に上級国民となった人間だ。 

 かつては同じく軍の特殊部隊に身を置いていた彼であったが、何を思ったのか今は僧侶となっていた。


 研究所の爆発事件の容疑者としてクレストが挙がった時点でユーニは彼との接触を検討していたのだが、彼のいる教会は上級街にあるために足を伸ばせなかったのだ。


「職業柄、あまり豪勢なもてなしはできなくてね」


 ユーニ達が通されたのは来客用の部屋だった。

 長椅子にはユーニとアニューゼだけが座り、護衛の二人は背後に立つ。


 出されたのは何の変哲もないお茶だ。

 茶葉はユーニでも少し無理をすれば手に入るぐらいの値段だろう。


 しかし部屋を構成する調度品は明らかに高級品ばかりで、はたして彼の言葉をどこまで額面通りに受け止めて良いものか、ユーニはいきなり判断を迫られた。


 自分達は招かれざる客か?

 それとも本当に歓迎されているのか?


 ユーニ達の前に座ったのはルドルフだけで、彼に護衛はいない。


 信用の表明?

 あるいは力の誇示だろうか?


 クレストと共に魔王を封印したという実績を無視するとしても、軍の特殊部隊にいたという経歴だけで十分に警戒に値する。

 実際、ローブの上から見えるルドルフの体の輪郭は、怠惰な中年のそれではない。


(今も鍛えているな、間違いなく)


 お茶を持ってきたシスターが退室してしまったこともユーニの迷いに拍車をかけた。

 しかしルドルフの表情からは何も読み取れない。


 こういう場に慣れているはずのアニューゼ達もなんだかソワソワしているのが伝わってきた。 


「それで、クレストの剣について聞きたい、ということでよろしかったかな?」


「はい、そうです。先日、モース邸に保管されていた先代勇者クレスト様の剣が盗まれました。私達はその行方を追っています」


 アニューゼは少し前のめりに答えた。

 彼女がクレストの娘だという事実は伏せて捜査することになっている。


 しかしルドルフの視線は、既に彼女が元同僚の娘であることを見抜いているかのように親しげだった。


「盗まれた剣はクレスト殿が魔王封印を果たした際に使用された物だと聞いていますが、我々は現物を直接見たことがありませんし、犯人の目星もついておりません。そこでまずは情報を集めようということで、こうしてお伺いしたというわけです。……捜査の基本は情報を集めるところからですので」


「ああ、そういうことでしたか」


 ユーニがチラリと横のアニューゼに視線を流しながら補足したのを見て、ルドルフは得心がいったという様子で頷いた。

 これは若手の教育も兼ねた捜査だ、というのが暗黙の体裁だ。

 

 つまり新人のアニューゼと、その補佐兼教育係を任されたユーニという構図である。

 上級国民というのは一般国民を”使うもの”だと思っているのだから、少なくとも一般国民のユーニが露骨に嗅ぎ回るよりも、この方が怪しまれずに済む。


 だがそれが元平民のルドルフ相手にどこまで意味があるかはわからなかった。


「しかしそうですか……。あの剣が盗まれましたか……」


「ルドルフ様、何か心当たりがあるのですか?」


 アニューゼはユーニの不安よりも遥かに役者だった。

 彼女は明らかに素人だとわかる様子でメモを取りながら話しているのだが、それがむしろ相手の警戒心を解くのに一役買っている、……ような気がする。


 しかしこれならば単に不慣れで緊張しているようにしか見えない。

 知らない者がクレストの娘だと気付くのはまず不可能だろう。


 唯一の懸念はこれが演技ではなく素の可能性があるということだが、まあそんなことはどうでもいい。


「いや、そこまでは。こちらではただの鉄の剣ですから」


(……こちらでは?)


 ユーニはルドルフの言い方に引っかかった。


「失礼。我々が得た情報では、盗まれたのは金銭的に価値のない鉄の剣だと聞いています。しかし同時に特殊な材質でできているという情報もある。……剣には何か秘密が?」


「秘密というほど大したものじゃありませんよ。材質は鉄で間違いない。元々は軍から支給された剣です。クレストは補充の容易な武器が良いと言って、ずっとあの型を使っていた」


 ルドルフはユーニの質問に答えながら、ここで初めてお茶に手を伸ばした。


「特別な点があるとすれば後から染み込ませた不純物でしょうね。魔王を封印するのに魔力許容度の高い剣が必要だということで、向こうの工房で処理して貰った。発明者の名前を取ってデュランダル化処理と呼ぶのだそうです」


(デュランダル化……。これでアニューゼの話とつながったな)


 アニューゼも得心がいったという感じでメモを取っている。

 少なくともこれで剣が狙われた理由はわかった。


 つまり犯人は金品ではなく、魔力許容度の高い剣を求めていたということだ。

 それを何に使うつもりなのかはまだわからないが、少なくともこの件にクレストが関与している可能性が益々高まった。


 デュランダル化処理について知っている人間など、この世界にそう多くはないはずなのだから……。

 と、そこまで考えて、ユーニはもうひとつ引っかかった。


「たびたび失礼、向こうの工房というと、つまり魔族にということですか? それは初耳だ。まさか魔族に協力者がいたとは」


 ユーニを含め、大半の人間は魔族が全て敵対する存在だと思っている。

 人間に協力的な魔族など聞いたこともなかったし、考えてもみなかった。


「魔族も一枚岩ではないということですよ。当時の魔王は先代が行方不明になった後の混乱に乗じて玉座を手に入れた。だから支持していない者も多かったのです。実際、魔王の寝室までは反主流派の手引で辿り着きましたからね。敵の敵は味方ということですよ」


 人間に協力する魔族がいる。

 それはつまりその逆の存在がいてもおかしくはないということだ。

 魔族がパープルヘイトを人間側に供給する理由は十分にある。


 ユーニは勇者パーティという存在そのものに疑念を持った。


 表向きは魔王討伐が目的ということになってはいるが、本当は魔族への使者という役目を担っているのではないのか?

 もしもその推測が正しいとすれば目の前にいるこの男も――。


 目の前にいる男に疑惑の視線を向けたユーニ。

 それに対し、ルドルフは「裏切り者はどこに潜んでいるかわからない」といってカップを置いた。

 

 彼の眼光が鋭くなったのを理解して、背後にいた護衛の二人が静かに息を呑んだのがユーニにもわかった。

 それはまるで腹を空かせた猛禽に狙われたかのようだった。


「裏切り者……。お父――、クレスト様の剣が盗まれたのも、内部の手引があったということでしょうか?」


「流石にそこまでは。しかしこれまで疑っていなかったのならば、検討する価値はあるかもしれません」


 クレストという人物を、彼はどう見ているのだろうか?

 ユーニは聞いてみたいと思った。


 この男の目にはどう映っている?


「仮にそうだったとして、なぜ盗んだのでしょう? モース家は上級国民の中でも特に高位の貴族だ。それに英雄クレストは平民の人気も高い。犯人は上級国民と一般国民の両方を敵に回すことになる」


 ユーニは素直に疑問をぶつけてみた。


「確かに。普通はわざわざアレを盗んだりはしないでしょうね。魔王の血と反応したことによって、魔力許容度だけは極端に高くなっているが……、それだけの剣だ。正直に言って他の使い道などない」


 その言葉を聞いたアニューゼが不思議そうな顔をした。

 

「ないのですか? その魔力許容度というのが高ければ魔法を扱う方々にとって有用なのでは……」


「無用の長物ですよ。そんな大魔力を流す機会がそもそもありません。なにせこの街中を明かりで灯すだけの魔力量でも上限には遥かに届きませんから」


「つまり、魔王を倒す時ぐらいにしか使い道はないということでしょうか?」


「ええ」


「では……。なぜクレスト様は二度目の遠征でそれを持って行かなかったのでしょう? それがあればもしかしたら……」


 アニューゼの声は少しだけ震えていた。

 盗まれた剣が魔王の封印に大きな役割を果たしたというのなら、その剣が大きな戦力になってくれたかもしれないのだ。


 ……いや、彼女が言いたいのは、「父が生還してくれたかもしれない」ということだろう。


 ルドルフは表情を一瞬だけ曇らせたがすぐに元に戻った。

 それに気がついたのはユーニだけだ。


 一瞬を読み取り合うには、アニューゼは育ちが良すぎる。


「持って行けなかったのですよ。勇者リリアの手柄を横取りするつもりではないかと言われてね」


 神託では勇者だけではなく、パーティを組むメンバーも指名される。

 故にクレストが歓迎されないのは不思議なことではない。


「許されたのはかなり質の悪い装備だけだったと聞いています。向こうで調達するにしても分の悪い話ですよ」


 ルドルフの溜息は小さかった。


「それでもクレスト殿は行った。……なぜです?」


「さあ……、なぜでしょうね?」


 そう答えたルドルフの視線は、さりげなくアニューゼに向いていた。

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