10:協力者
一般街の外れにある共同墓地。
お世辞にすら整備されているとは言えないそこが、老婆に聞いたアニエスとリリアの墓の場所だった。
ユーニは申し訳程度に名前が刻まれている石達の中から二人の名前を探した。
何百とある中で、花が手向けられている墓がたった二つだけ。
その隣り合った二つに彼女達の名前が彫られていた。
リリアの遺体は回収されていないはずだから、実際にここに眠っているのはアニエスだけということになってしまうが。
(……花がまだ新しいな)
墓に供えられていた花は鮮度こそ失っていたが、まだ水分を残していた。
つまり最近になって誰かが訪れたということになる。
先代勇者パーティの一人アニエス。
あの老婆の話では訪ねてくる者は殆どいなかったらしい。
(そもそも花なんてそれなりの値段がするものを、この辺りに住んでいるような連中が気軽に買えるわけがない)
一般街の、それも共用街から離れたエリアに住んでいる者達の生活は非常に苦しい。
花屋でもない限り、ラッピングされた花を用意するだけの経済的余裕がないことは、ユーニもよく知っていた。
他に花が供えられている墓はないのがその証拠だ。
その辺に生えている野花ならば金がなくても手に入るだろうに、それすらもない。
死者を省みる心の余裕などないのが、ここの住人の現実である。
(だとすると誰が……、ん?)
その時、フローラがやってきた。
若い女を一人と、明らかに護衛とわかる男を二人連れている。
「まさかこんなところで会うとは思わなかったな」
「私もよ。アニエスについて調べようと思って来たら、ちょうどアナタがいるんだもの」
「それは少し遅かったな」
「ってことは先を越されたわけね。まあちょうどいいわ、頼まれてた協力者を連れて来たわよ」
フローラが紹介したのは大きなハンチング帽を深く被った若い女だった。
上はジャケット、下はショートパンツとニーソックスを履いていて活動的に見えるが、目元を隠しているせいで顔がよくわからない。
ユーニはそれを奇妙に思ったが、理由は直後にわかった。
「ユーニさん。よろしくお願いします!」
「――ルイス様?!」
帽子を上げて顔を見せたのは、他でもないルイス=モースだった。
フローラは彼女を協力者としてユーニに紹介したのだ。
彼が上級街を動き回るために必要な同行者として。
これには流石のユーニも驚いた。
「フローラ、これはいったいどういう――」
……フローラはまるで自分が無関係だと主張するかのように視線を背けていた。
「……おい」
「そ、それじゃあ! 私、他に用事があるから!」
「待て!」
ユーニは逃げようとしたフローラの手を掴むと、少し離れたところまで引きずって移動した。
「どうなってるんだいったい? なんであの子が」
「仕方がないじゃない。流石の私もモース家にゴリ押されたら断れないわよ」
「ってことはまさかあの子から言い出したのか? 見かけによらず大胆なことする……」
ユーニはさり気なくルイスの胸元を見た。
順調に育っているのはやはり非常に喜ばしいことではあるが、今大事なのはそこではない。
彼女は胸に軍属のバッジを付けているのだ。
もちろんルイスが正規の軍人であるわけがない。
「軍人の身分を偽装するのは犯罪だろう?」
「正規のバッジよ。国王陛下の承認もあるわ」
「おいおい……。危険なのをわかってるのか? 子供の遊びじゃないんだぞ」
しかしどうやら国王はこちらの味方らしい。
上級国民が一枚岩でないことはユーニも知っていたし、何か思惑があるのだろうと想像もつくが、しかしそれでも驚くには十分な情報である。
「あの子だって貴族よ。それに彼女自身が陛下に直訴したんだもの、私じゃもう止められないわ」
「……ちなみにクレストがまだ生きていることは?」
「……知らないわ」
捜査の名目はあくまでも盗まれたクレストの剣探しだ。
おそらくルイスもそのつもりだろう。
だが実際にユーニ達が追いかけているのは、クレスト本人である。
ルイスがそれを知ってしまった時のことを想像して、ユーニは気が重くなった。
「はあ……」
ユーニは諦観と共にルイスのところへと戻った。
「えー、ルイス様?」
「アニューゼと呼んでください! 正体を隠すように言われていますから!」
「じゃあアニューゼ様」
「呼び捨てで結構です! 敬語もです!」
服装が変わった影響なのか、アニューゼはやけに活発だった。
これではユーニと並んで父と娘に見えなくもない。
「ユーニ殿、荒療治が必要な際は我々にお任せください」
一緒に来た二人の男はフローラではなくアニューゼの護衛だったらしい。
彼らはいつの間にかユーニの背後にピッタリとついていた。
腕はかなり立つようだ。
護衛よりも暗殺の方が手慣れていそうな雰囲気だが。
(お、俺を始末する気じゃないだろうな……?)
ユーニは諦めた。
色々な意味で色々なものを諦めた。
「……とりあえず、情報交換するか。場所を変えよう」
この一般街に育ちの良い上級国民の女が二人もいては目立つ。
護衛までついていては尚更だ。
というわけで、ユーニは彼女達と一緒に共用街へと戻ることにした。
★
話をする場所としてフローラが提案したのは、やはり例の喫茶店だった。
どうやらここは彼女のお気に入りらしい。
というわけでユーニは独身の中年には酷な店に再び入ることになったのだが、大丈夫、今回はちゃんと仲間がいる。
護衛の男達だ。
まだ若い青年達だが、フローラ達と一緒に一番奥のテーブルに座ったユーニと違い、彼らは通路を挟んで隣の席に二人だけで座ることになった。
この店のメインの客層である若い女の子達が入ってきては、彼らを見て怪訝な表情をしている。
中には腐ってそうな女の子達が歓喜の表情を見せたりしていたが、まあそれに関しては言及しない方がいいだろう。
どっちが攻めか受けかとかで盛り上がっていたが、そういうのは完全に別世界の会話である。
ネコはきっと動物の猫のことで、タチはきっと武器の太刀のことに違いない。
……きっとそうに違いない。
とにかく、二人を見た後ならば、事情を知らない少女達はきっと自分のことを娘達に連れられてきた父親か何かだと思ってくれるに違いないと、ユーニは信じることにした。
「なるほど、謎の男ですね! メモメモ!」
というわけでユーニは二人に自分が得た情報を話始めたのだが、どうやらアニューゼは教科書にとにかく線を引きまくるタイプらしく、猛烈な勢いで手帳に書き込んでいた。
「よく紙が持つな……」
このペースだと三日に一冊、場合によっては毎日新しい手帳が必要だ。
手帳そのものは一般国民にも手が届く値段だが、気軽に買い換えられるほど安くはないし、ましてや彼女が使っているのはかなりのブランド品である。
……まあ上級国民の経済力なら問題はないのだろう。
(というか、なんか性格が変わってないか?)
ユーニのアニューゼに対する印象といえば、それこそ正統派の箱入りお嬢様といった感じだったのだが、目の前にいるのはむしろちょっとお転婆なアホの子である。
しかし将来を心配する中年の心境など露知らず、当の本人はメモを見て「むむむ」と唸っていた。
いや、あるいはこっちが素の性格なのかもしれない。
そう考えると上級国民も大変だ。
「うーん、怪しい……。きっとその男が盗みの犯人ですよ!」
「どうしてそうなるんだ。いくらなんでも情報が足りないだろう」
「えー」
アニューゼは口を尖らせると、不満そうにストローでオレンジジュースを飲み始めた。
彼女が言っているのは、生前のアニエスと接触していた謎の男のことである。
ユーニの見立てでは勇者リリアの父親でもある。
「どちらかっていうと、リリアのことで相談に行ったって感じよね。その男がリリアの父親ならそれが自然だわ」
「俺もその可能性が高いと思う」
ユーニはフローラに同意した。
「たぶん堂々と表には出せない関係なんだろうな。相手は妻子持ちってとこだろう」
「おお! 泥沼の三角関係! メモメモ!」
「お前はずっとオレンジジュース飲んどけ……」
ユーニがオレンジジュースを差し出すと、アニューゼは言われた通りに大人しくストローをくわえた。
なかなか素直な子である。
まだ短い付き合いだが、早くも彼女の扱いに慣れてきた気がする。
「でもそれだと盗まれた剣にはつながらないのかしら? もしかするとアニエスが犯人じゃないかと思ったんだけど。……もう亡くなっているんじゃ仕方ないわ」
「そうか、アニエスはシーフだったな」
シーフというのは、パーティにおいて主に偵察や工作を担う役割である。
鍵開けの技術なども持っていて、食うに困ったシーフが盗賊になるのは世間の常識だ。
クレストが魔王を封印した時のパーティメンバーで彼女だけが上級国民にならなかった――、いや、なれなかった理由がそれではないかと囁かれたこともある。
「んんんーん。んんーんん!」
アニューゼはストローをくわえたまま何かを言いたそうにしている。
「……悪かったよ。もうジュース飲まなくていいぞ」
「おかわりください!」
「……」
アニューゼのグラスの中身は既に氷だけになっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます