5:新たな訪問者

「……消えた?」


「ええ」


 ユーニはフローラと一緒に、共用街にある喫茶店へと来ていた。

 独身の中年が一人で来るには酷なほど洒落た店である。


 一番奥の席に案内されたのは店側としても自分を歓迎していないのではないか、と邪推してしまうほどだ。

 聞かれたくない話をするならむしろ好都合だと前向きに考えながら、ユーニはフローラに勧められたチーズケーキを口に入れた。


「国境沿いからの伝令が来て、中央は慌てて砦に援軍を送ったらしいわ。でも砦があったはずの場所にあったのは大きな穴だけ。砦なんて姿形もなくなってたそうよ。かなり話題になってるはずなんだけど……、本当に知らなかったの?」


「ああ。どうやら一般国民の方には情報が全く来ていないらしい。俺が知ってるのはツベル軍が国境を超えたらしいってことだけだ」


「それは間違ってないわ。大きな何かが通ったような跡とは別に、人の足跡も大量に残っていたの。一個連隊ぐらいの規模はありそうって話よ。足跡は国境を超えた向こうから来てたらしいから、ツベルの関与は確定ね」


「ってことは二、三千人のツベル軍が国内に入ったのか。……タイミングが良すぎるな」


 十人程度ならばともかく、数千人規模の軍を他国に送り込むなど、そんなすぐにできるものではない。

 ツベル帝国が事前に準備していたことは明らかだ。


 それはつまり、隣国も既にクレストとつながっているということを意味していた。

 少なくとも情報面では。


「それに、敵が一週間前に国境を超えた割には随分と静かだ。いくら統制を敷いたって、そんな規模の部隊がいれば商人達の間で情報が出回っているはず――」


「見失ったのよ」


「……どういうことだ? 数千人だろう? そんなすぐに見失うわけが――」


「途中で豪雨が降って足跡が消えたから、追跡できなくなったそうよ。そしてそれ以降、侵入した部隊は一切の動きを見せていない……。上はどこかに潜伏したと判断してるけど、たぶん部隊を細かく分けて散ったんじゃないかしら? 私が向こうの指揮官ならそうするもの」


「だとすると、近いうちに行動を起こしそうだな。連隊規模の部隊は決して小さい戦力じゃないが、国を落とすには流石に力不足だ。布石として最前線近くに部隊を配置したのだとしたら納得もいく」


「上層部は近くに領地を持っている貴族がツベルに寝返って隠れ場所提供してるんじゃないかって、疑心暗鬼になってるみたい。中央の部隊を近辺に派遣するって話よ」


「備えとして東の戦力を手厚くすれば中央の守りが薄くなる……。今のところは向こうの思惑通りか」


「ホント、バカな連中よ。それが相手の狙いなのは明白だっていうのに。大きいとはいえ所詮は数千人。このタイミングで部隊を動かすような連中が、まさか呑気に敵国で戦力を遊ばせておくと思う? 何かしらの工作活動をさせるに決まってるわ」


「念のため言っとくが、そこまで行くと治安隊じゃどうにもならんぞ? 正規軍の相手なんざ、対テロ用の特殊部隊だって無理だ。いくらなんでも装備が違い過ぎる」


 治安隊にも、もちろん集団戦の訓練を受けている部隊は存在する。

 しかしそれはあくまでも犯人が人質をとって籠城したとか、少人数を相手にすることが前提だ。


 今回想定されるような本当の戦争屋と真正面からぶつかる状況に対応するだけの力などない。


「あるいはそれが目的かもしれないわね。治安隊が事態に対処する力を持たないとなれば、当然それができる組織に役割が移ることになるから」


「主役は治安隊から軍に……、か」


「……勇者になる前のクレストは軍の特殊部隊にいたわ。それもよりにもよって遊撃戦を専門とする精鋭部隊にね。今回の事態に対応するとなればうってつけじゃない。そしてもしもそこに彼のシンパが大量にいるとしたら……、隠れ蓑にするには絶好よ。あるいはもう既に……」


「ツベルがやったように見せかけての破壊工作……」


 ユーニはおもむろに店の外を見た。


 平凡な旅人の格好をした男が、不似合いに鋭い目つきで道を歩いていた。



 ユーニが治安隊第二群基地に戻ると、レオパルドが気持ち悪いぐらいニヤニヤしながら待っていた。


「ユーニ、お客さんだ。若いお嬢さんだぞ。この間の美人といい、お前にもついにモテ期が来たんじゃないか?」


「だといいんだがね……」


 もちろんその言葉を素直に信じるほど呑気ではない。

 というか、さらなる厄介事の予感しかしなかった。


 いや、それはもう予感どころか確信である。

 

 先日フローラと話した部屋に行くと、そこには若い女が座っていた。

 年齢は十代後半といったところか。少なくともフローラより年下なのは確実だ。


 初対面、どこの誰かはわからない。

 しかし黒いドレスと光を受けて輝く金髪は、どこをどう間違っても一般国民のそれではない。


 若いというのを差し引いてみても、上級国民にしかできない水準の金と手間をかけて手入れされているのは明らかだった。


(おいおい……)


 部屋に入ったユーニは驚いた。

 入口からは見えなかったが、彼女の後ろに侍女が二人も控えていたからだ。


 この若さで侍女を二人も連れて歩くとなれば上級国民の中でも相当な身分である。

 かなり上位の貴族の令嬢であろうことは容易に察しがつく。


「失礼、お待たせいたしました。治安隊第二群のユーニと申します。私に何か御用だと伺いましたが……、間違いありませんか?」


 立ち上がろうとした少女を制し、ユーニは正面の椅子に座った。


 こんな時でも相手を観察してしまうのは職業病か?

 女はかなり憔悴しているようで、その目はかなり泣き腫らしていた。

 化粧はしているが誤魔化しきれていない。


(相談はなんだ? 男漁りか? それともペットの捜索か?)


 そういう相談なら以前にも何度か受けたことがある。

 共用街で見かけた一般国民の男に一目惚れしたから探し出せとか、大事なペットが逃げたから見つけてこいとか、まあそんな感じだ。


 昼寝をしたくなってきたユーニだったが、相手の名前を聞いた瞬間にそんな気も失せた。


「私、ルイス=モースと申します」


「モース……」


 その名を聞いた瞬間、ユーニは背筋に冷たいものを感じた。


 ルイス=モース。

 ……それは件の英雄、クレストの娘の名前だった。

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