6:英雄の娘
「実は……、盗まれた品を取り返して頂きたいのです」
ルイスと名乗った少女はまるでこの世の終わりのような顔をして訴えた。
演劇で役者達がやるような大げさな芝居も、実はリアリティを追求した結果なのではないかとユーニが思ったのも無理はない。
「盗み、ですか?」
「はい。一週間ほど前、私の家に盗賊が入り、大事な父の形見の品を盗まれてしまったのです」
(一週間前……? ちょうどクレストが行動を起こした頃じゃないか)
「失礼。貴族様の御依頼でしたら、同じ治安隊の第一群で対応させて頂いておりますが……」
「もう相談にいきました。でも……、今は忙しいと言われて……、全く動いて頂けなくて……。それで、たまたま出会ったおじいさまに、ユーニ様の話を」
「おじいさま?」
「共用街に来た時に、道案内をしてくださったおじいさまです。先日、ユーニ様に親切にタワーが見える場所まで案内して頂いたとかで、ユーニ様ならきっとなんとかしてくださると……」
ユーニの脳裏に、先日の老人の姿が思い浮かんだ。
「あの爺さんか……」
お礼に伝説の剣とやらの鞘だけをくれた、あのホームレスだ。
余計なことを、という言葉をユーニはもちろん飲み込んだ。
ルイスが「三人とも共用街に来るのは初めてだったので」と付け加えたことで、ユーニはその判断が正解であったことを確信した。
彼女の発言はつまり、後ろの二人も花嫁修業中の上級国民ということを示唆しているからである。
そうでなければこの年まで共用街に出入りしたことがないということにはならないだろう。
奴隷階級の中でも下の下に入るような連中にも同様の事態は起こり得るが、彼女達は間違いなく違う。
「ちなみにですが……、盗まれたお父様の形見というのは、いったいどのようなものなのです? 残念ながらその件に関して一群とは連携が取れていない状況でして」
「盗まれたのはお父様の剣です」
「剣?」
その瞬間、ユーニの勘が一大事の到来を告げた。
「お父様が魔王封印の時に使った物で、非常に珍しい材質が使われているとお父様は言っていました。確か……、デュランダルという名前です」
「デュランダル……」
それはユーニも知らない材料だった。
とりあえず忘れないようにと、メモを取っていく。
「なるほど。希少な材料で作られた剣、それも勇者が魔王封印で使ったとなれば相当に高価な代物なのでしょうな」
「いえ、金銭的には殆ど価値がないそうです」
「は? 価値がない? いやしかし……」
「武器商人にはただの鉄の剣だと言われました」
ユーニは納得のいく答えを探した。
――実際はただの鉄の剣。それを特別な素材だと娘に嘘をついた?
しかしユーニは何かが違うような気がしてならなかった。
それどころか、いきなり目の前に事件の核心が現れたような気さえしているのだ。
(この状況だ。盗まれたのが本当にただの鉄の剣、単に思い出の品だったとしたら、一群の連中が動かないのも納得がいく。魔王討伐で使われた装備なんて、別に上級国民の連中からすれば何の価値も無いだろうから――、ん?)
ここにきて、ユーニはルイスが件の剣を”形見”と言っていたことに気がついた。
「もうお父様との思い出の品はあれしかないんです。お父様が亡くなって、あの剣までどこかへ行ってしまったら、お父様が本当に遠くに行ってしまう気がして……」
ルイスはもう駄目だという顔で、いよいよ大粒の涙を流し始めた。
後ろのメイド達も心配そうに彼女を見ている。
ユーニと話している最中でなければ、きっと即座に駆け寄っていたことだろう。
(一瞬だけ凄い目で睨まれたな……)
後ろにいるメイド達はルイスと同じか少し上ぐらいの年齢に見える。
そんな二人の心の声を要約すると、『ウチの大事なお嬢様泣かせんじゃねぇよおっさん!』といったところか。
ルイスは容姿も良いので、完全にユーニが悪役である。
「差し出すのも無礼かもしれませんが、これで良ければ」
ユーニは懐からハンカチを取り出してルイスに差し出した。
幸運なことに昨日洗ったばかりでまだ一度も使っていない。
どうやらルイスは上級国民にありがちな身分にこだわる性格ではないようで、素直にそれを受け取って涙を拭いた。
「うーむ、一群にはもう行かれたということですか……」
ユーニは内心でどうしようかと考えていた。
一般国民が相手ならまだしも、まさか一群がこのクラスの令嬢を無碍にすることなど通常はありえない。
間違いなくクレストが行動を起こした影響だろう。
なにせ彼女はクレストの娘なのである。
警戒するのも当然だ。
だがそれよりも重要なのは、彼女はどうやらクレストがまだ生きていることを知らないらしいということだ。
(確かに世間一般じゃ死んだことになってるが、まさか娘にも知らせてないとはな)
あるいは巻き込みたくなかったのかもしれない。
なんとなくだがそんな気がした。
「……仕方がない。私で良ければ微力ながらお手伝いしましょう」
男は女の涙に弱いとはいうが、それを抜きにしてもこんな少女が藁にもすがる思いで頼ってきたのなら応えるべきだというのが、ユーニの治安隊員としての矜持だ。
別に後ろにいる二人のメイドが視線で圧力を掛けてきていることは関係ないのである。
部屋の外で聞き耳を立てていた庶務の女性陣が「ここで断るとかないよねー」みたいなオーラを発しているのも全く別問題だ。
もしかするとルイスの演技に騙されているという可能性もあるが、それならばむしろ彼女の役者としての才能を褒め称えるべきだろう。
とにかく、あくまでもここはユーニ自身の心意気でルイスを助けることに決めたのである。
……そうなのである。
「本当ですか?!」
ルイスの表情が明るくなったのを見て、ユーニは自分の選択が正しかったことを確信した。
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