2:事故じゃないかも
「ユーニ。お前には昨日の爆発事故の調査に加わってもらう」
翌日の午後、ユーニは王国治安隊の上司であるゴマオンの部屋に呼び出されていた。
「俺がですか? しかし、第一発見者は捜査に入れないはずでしょう?」
「事件性がある場合はな。だが今回は事故であることがはっきりしている。これは捜査ではなく調査だ。したがって問題ない」
「そいつは詭弁じゃあ……」
少なくとも、昨日の今日で事件性ナシと断定するのは、ユーニの感覚から言っても早すぎた。
いや、ユーニに限らず、治安隊の人間であれば誰もそう思うだろう。
「言うな。無理があるのは私もわかっている。だが上からは人員の効率化を求められていてな」
ゴマオンは肩をすくめて見せた。
王国全体の治安維持を主な任務とする王国治安隊は、全部で数千人を超える大所帯だ。
軍隊を例外とすれば、最大規模の国家機関と言っていい。
そして生産活動に直接寄与しないこの組織は、安全地帯にいるのが当然の上級国民達からはただの金食い虫としか見られていなかった。
いや、それどころか一般国民からも税金泥棒として敵意を向けられる始末である。
「目撃者のお前がやるのが一番早い。……紋章無し的な意味でもな」
「汚れ仕事はお任せを、ってところですか」
王国治安隊は貴族の出身者だけで構成される第一群と、主に平民で構成される第二群とに分かれている。
大きな違いとして、第一群は王国の紋章を付けること許されているが、第二群は許されていない。
故に前者は紋章付き、後者は紋章無しと呼ばれていた。
出世コースはもちろん前者である。
稀に第二群に配属される貴族もいるが、それはつまり本流から外れた左遷組ということだ。
故に泥臭いだけで旨味のない仕事が全部第二群に降ってくるのは必然とも言えた。
「だが無下にはできまい。共用街とはいえ、あの研究所の辺りは一般国民の方が多い地域だからな」
この世界における人間の街というのは、大きく三つの区分に分かれるのが一般的だ。
王族や貴族といった上級国民が暮らす上級街。
平民や奴隷といった一般国民が暮らす一般街。
そして両者の接点としての役割を担う共用街。
魔法研究所は貴族と平民の両方が勤務する施設のため、共用街に設置されていた。
「上級国民様が俺の言うことを素直に聞いてくれればいいんですがね」
動くなら早い方が良い。
経験的にそう理解していたユーニは、早速とばかりにゴマオンの執務室を出た。
目指すのは大部屋にある自分の席である。
彼が戻ると、ちょうどコーヒーを入れていた同僚のレオパルドが出迎えてくれた。
ユーニよりはかなり年上で、既に壮年と言っていい年齢の男だ。
「どうしたんだユーニ? そんな憂鬱そうな顔をして」
「ああ、ちょっとな。面倒な事になった」
「隠し子でも見つかったか? さては『ユーニさん! この子はあなたの子よ!』ってスナックのねーちゃんに言われたんだろ。まあ鑑定なら俺に任せとけ。髪の毛一本あれば本当に親子かどうか調べてやるよ」
足を使って情報を集めるのが仕事のユーニに対し、レオパルドは集まった証拠品を魔法技術で分析するのが仕事だ。
性格はともかくとして、腕の方は確かな男だった。
「その時はよろしく頼むよ。だが今回はちゃんとした仕事だ。昨日の爆発を調査することになっちまった」
「昨日のって、魔法研究所のか? お前が? そりゃまた面倒だな。損害の補填をどこが引き受けるのかって、早くも話題になってるぞ」
「そうなのか? ……まあ確かに結構な爆発だったからな」
「近隣住民の皆様の熱い御言葉を一身に受けるわけか。治安隊冥利に尽きるじゃないか」
「全くだよ」
末端の役人というのはサンドバッグ――、もとい庶民の不満の標的にされやすい。
ユーニは大きなため息を吐きながら、壁に掛けられた動静表のネームプレートをひっくり返した。
「早退か?」
「現地に行ってくる。今日はそのまま帰るよ」
「ああ、そういえばお前あっちの方に住んでるんだったな。しばらくは家と現地を直行直帰か」
一般街と共用街は単純に一本の直線で仕切られているわけではない。
ユーニが住んでいる借家は一般街にあるし、この魔法治安隊第二郡基地も同じく一般街の中にあるのだが、彼の家から通勤するには一度共用街を突っ切った方が早いのだ。
そして爆発があった魔法研究所はその通勤ルートの上にある。
「全く、通勤が楽で助かるよ。上司の配慮に感極まるね」
ユーニは行き先を記入するホワイトボードに、赤字で『現地(魔法研究所爆発案件)』と書き込むと、レオパルドに手を振って基地を出た。
★
ユーニが魔法研究所に到着すると、現地では既に消火隊が鎮火後の調査を行っているところだった。
消火隊というのは治安隊とは独立した組織で、その名の通り消火活動を主に担当している。
この件に事件性がないのであれば、調査は彼らの領分だ。
治安隊としての仕事は、その調査結果を元にして書類に「事件性無し」と書くだけということになる。
「よっ、おつかれさん」
ユーニは顔見知りを見つけると、早速とばかりに声を掛けた。
「あ、ユーニさん。お疲れ様です」
治安隊以上に体力勝負の側面が強い消火隊の現場は若手が中心だ。
このリアンという青年はユーニより一回り以上も年下ではあったが、分隊のリーダーを任されている。
二人はこういった現場ではよく顔を合わせる仲だった。
「どんな感じだ?」
「嬉しくはないですね。普通の火災とはかなり違うみたいです。それに、もしかすると……」
「ん?」
リアンはさり気なく周囲を確認すると、ユーニに近づいて耳打ちした。
「事故じゃないかも」
ユーニは詳しく話を聞きたいと思ったが、それは叶わなかった。
「そこまでだ! 全員手を止めろ!」
敷地内に男の声が響いた。
声の方向は入口側だ。
「なんだ?」
そこには治安隊と消火隊の制服を着た連中が並んでいた。
最低でも三十人以上はいるだろう。
リアンの部隊は彼を入れて六人。
そこにユーニを加えても二桁にすら達しないことを考えると、これはかなり多い数だ。
少なくとも普通の現場に繰り出すような人数ではない。
(紋章付き……)
ユーニは彼らの制服に王国の紋章がついているのを確認した。
治安隊と同様に消火隊も一群と二群に分かれていて、身分によって分けられている点も同じ。
……つまり彼らは全員が上級国民様というわけだ。
「これよりここは我ら王国治安隊と王国消火隊の管理下となった! 部外者は即刻退去せよ!」
ユーニ達だって一応は治安隊と消火隊なのだが、彼らの言い方はまるで自分達こそが真の治安隊と消火隊であって、ユーニ達は違うと言わんばかりである。
ユーニは横にいたリアンが拳を握りしめたのを見逃さなかった。
まあ当然と言えば当然か。
第二群は一般街だけでなく、共用街も担当している。
少なくともこの街を普段守っているのはリアン達なのだ。
……が、しかし相手は上級国民様である。
「リアン」
「……わかってます」
証拠品を持ち出していないことを確認されてから、ユーニ達は大人しく敷地を出た。
殆ど追い出されたに近い。
「エリートさん達が俺達の仕事を代わりにやってくれるっていうんだ、早めに帰って一杯やらせて貰おうぜ」
自分も若い頃はそうだったと少し懐かしみながら、ユーニは彼の肩をポンポンと軽く叩いてなだめた。
しかしその視線はもちろん穏やかではない。
(二群の管轄に一群が割り込んできた。しかもあの人数……。間違いなく裏があるな)
『事故じゃないかも』
ユーニは脳内でさっきのリアンの言葉を反芻していた。
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