趣味

「よし、これで全員係が割り振られたな」


数人の生徒が頷いただけで、誰も返事などしなかったが先生は構わず話を続ける。


「よしじゃあ、次は自己紹介だな。すまんすまん、こっちが先だった。」


どうりでクラスにまったく一体感がないわけだ。自分自身も自己紹介を忘れていた。


「じゃあ、天野から順番に頼むぞ」

「はい」


天野が席を立ち、クラスメイトに聞いてもらうために後ろのほうを向く。

一年生の頃は、真昼が自己紹介のフォーマットを決めてそれに他の人たちも合わせていくという感じだったが今回はどんなフォーマットにするのだろう。


「二年八組の天野真昼です。好きな食べ物は寿司で趣味はゲームです。一年間よろしくお願いします。」


あまりにも典型的な自己紹介に少し呆れつつも、それに合わせて次の生徒から順々に自己紹介をしていく。ついに俺の一つ前の人の自己紹介が終わり自分の番がやってきた。


「二年八組、舞元奏也です。好きな食べ物はラーメンで、趣味は真昼と同じでゲームです。一年間よろしくお願いします。」


『真昼と同じ』というワードに一瞬クラスの視線が真昼に集まってしまい、真昼から

『余計なこと言うなよ』というような視線がふざけ交じりに送られてきた。

無事自己紹介が終わったところで、このプチ行事の大本命をやって来た。彼女が席を立つのと同時にこれまでいちいちみていなかった生徒まで彼女に視線を向ける。


「二年八組、美竹菜奈です。好きな食べ物は特にないです。趣味は...読書です。一年間よろしくお願いします。」


なんて透き通った声なのだろう。大声なんて決して出していないのに間違いなくクラス全体に、もしかしたら隣のクラスにすら鮮明に聞こえるほどのよく響く声。それなのにうるささなどまるで感じない。むしろ心地いいほどだった。クラスメイトもその声に聞き入っているようだった。趣味の部分で少し詰まったところが気になったが、そんなことはすでに忘れてしまっていた。次の人が気の毒だなと思いつつ、全員の自己紹介が済み、このプチ行事は終わりを迎えた。


ーキーンコーンカーンコーンー


ちょうどチャイムが鳴り終礼も終わった。だが今日の学校はまだ終わっていない。

係ごとに集まって今後の仕事の説明を受ける必要があるのだ。めんどくさいなと思いつつさっさと指定された教室に向かおうとした時だった。


「じゃあ、行こっか」


自分に向けての言葉ではないと思いながらも声の方向に顔を向けると、そこには明らかにこっちを見ている美竹さんの姿があった。『行こっか』とはどういう意味だろうか。まさか一緒に教室まで向かおうという意味?なんの特徴もない自分があの美竹さんと?無理無理無理無理無理。周りからどんな目を向けられるか。しかし、動揺していた俺はその場で的確な言い訳が思いつかず断ることができなかった。

仕方なしに自分たちの教室を出ると妬みともとれるような視線が体全身に刺さる。最後のあがきとして少し歩みを遅らせてみるも


「どうしたの?もしかして体調悪い?」


とまるで俺の気持ちになど気づいていないようだった。もし自分が国宝級のイケメンだったとしたら、きっと自信をもって彼女の隣を歩けたことだろう。でも現実はそんなに甘くはなかった。まごうことなき平凡な俺には今の状況を受け入れるしかできなかった。


「ううん。大丈夫。」


再び彼女の隣に戻るとより周りからの視線が強くなったような気がした。そんな視線に何とか耐えつつも感覚的にとても長い時間を終え、なんとか指定の教室に着いた。

教室内の黒板にマグネットで張られている紙を見て自分たちの席を確認する。


「2年8組は...ここだね。窓側の一番後ろかな?」


と言いながら自分たちの席であろう方向に目を向ける。


「そうだね」


自分たちの席に向かい着席する。今回はクラスごとに集まるというのもあって、二つの席がくっつけられていた。机がくっついているだけでこんなに距離が近くなるものなのか。普段だったら絶対にありえない距離に少しドキドキしていた。続々と生徒が集まってくる中、皆一度は入ってくるたびに


「美竹さんだ...」


と声を上げる。教室に入っても彼女は相変わらず視線を集めるようだ。まるで俺なんていないように皆の視線は俺を通り抜けていく。そうこうしているうちに、すべてのクラスの係が集まり説明が始まった。


「…といった感じで、週に一回行われる生徒会会議で意見交換を行ってもらいます。」


大方、予想通りで知っていることばかりだった。しかし、横を見てみると美竹さんの配られた紙には大量に追記とマーカーがあった。さすがだなと真面目な美竹さんに感心しつつ自分の紙に目を戻すと、何も書いてない質素な紙が目に入り何になのかわからないが負けたような気がした。


単純で簡単な仕事なので、ほかの係より早く説明が終わった。真昼の係は逆に少し説明が長いことを知っていたので事前に一人で帰ると伝えておいた。今度こそ、そそくさと帰ろうとするとまた


「じゃあ、帰ろっか」


と声を掛けられる。でもさすがに俺も二度同じ罠(?)にはかからない。さっきよりも小さな動揺を抑えつつ


「ごめんね。俺ちょっと用事があるから、少し残るよ。あ、美竹さんは先に帰っててね」


と当たり障りのない言い訳を言い放った。


「そうなんだ。じゃあ、また明日。帰り気を付けてね」


ただのモブに小さな気遣いも忘れない。さすが美竹さん。もう鉢合わせることはないだろう時間まで学校で過ごし、さっさと家に帰った。


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「はぁ…。また失敗しちゃった」

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さて、帰ったら自分は何をしているのかと言ったら自分の趣味であるゲーム一択だろう。特に最近はのフルダイブ型ゲーム『ニルヴァーナ』というゲームにハマっている。


『ニルヴァーナ』はダウンロード数3000万を超える超人気ゲームでありオンラインの世界でNPCのモンスターと戦ったり、それで買い物をしたり、料理をしたり、パーティーを組んで仲間と協力したり、特定のイベントがあったりと王道ながらもまだ全貌が明かされていないゲームである。ちなみに、開発者曰く、全クリするには少なくとも5年はかかるらしい。一般的な略で『ニーナ』と言われている。


ハマっているといっても、昨日始めたばかりでキャラ制作画面が豊富だったので早く続きがしたいと思っているだけである。自分のキャラは白髪の青年で、はじめたばかりなのでもちろん布の初期装備。名前は全ゲーム統一で『ソーヤ』にしている。今日から新しい冒険が始まるのだとわくわくしながらフルダイブ用の装置を頭につけ、ゲームを起動するのだった。

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