知らない一面
教室に戻ると、黒板に『出席番号順に席についておいてください』と書いてあった。いつの間に書いたんだろうか。昔からだが、学校の先生には瞬間移動でもできるのではないかと時々思ったりする。さっきまであそこにいたはずなのに気が付いたら職員室に戻っていた、なんてことはざらにある。
そんなことを考えながら続々と教室に入ってくる生徒を見ていた。
さっきまでの体育館での沈黙がまるで夢であったかのようにクラスが騒がしくなり始めると、ちょうどピークになり始めたところでその声が歓声や感嘆の声に変った。
美竹さんだ。
彼女が教室に入ってくるのと同時に、クラスの生徒の目がいっぺんに彼女に収束する。そんなことに彼女は慣れているのか何も気にしないような素振りで自分の席に座った。実際に見たことはないが、もし身近に人気芸能人がいたとしたらきっとこんな待遇や視線を向けられるのだろう。つまるところ彼女はこの高校の芸能人といったところだろうか。子供の頃に抱いた人気者になりたいという夢を思い出しながら、彼女を少しうらやましく思った。天は二物を与えずなどよく言ったものだ。
彼女には何の欠点もない。文武両道で美人で、おまけに性格まで完璧ときたら、できないことを探すほうが無謀というものだ。
ひとしきり彼女への注目が落ち着いてきたところで美竹さんが話しかけてきた。
「これから席替えまでの間よろしくね。あ、クラスとしてもね」
まさか話しかけられるなんて思っていなかったのでびっくりした。
「う、…うん。よろしく…」
これまで女子との会話には恵まれていなかったので、そういう会話には慣れておらず、とっさに張り付けたような作り笑顔で何とかその場を切り抜けた。
「これから、係決めを行います」
担任の先生が言う。自分は早く家に帰りたい人間なので、なるだけ仕事がない係を選びたい。その代表例として"生徒会発言委員"というものがある。内容はいたって簡単で週に一度行われる生徒会会議で、各クラスの代表として意見交換を行うというもの。なぜ学級委員長の仕事の中に包含しないのか不思議でならないが、自分はとにかくこの係がしたかった。
だが、それ故に人気なのだ。いわゆる帰宅部と呼ばれる生徒たちは率先してこの係をしたがる。先生たちは、そういうことに熱心な生徒たちなのだと感心しているようだが、ふたを開けてみれば下心にまみれているような生徒たちばかりだ。学級委員長から順に係が決まっていき生徒会発言委員の番が来た。
「次、生徒会発言委員がしたいものは挙手してください」
案の定、クラスの中の三分の一程度の生徒が手を挙げた。こうなった場合はじゃんけんによって決まる。男女に分かれて最終的に残った男女二人がその係をすることになっている。去年は負けてしまいできなかったので今年こそはと思い、気合を入れてほかの生徒たちと集まった。その中には真昼も含まれていた。
そう、彼こそがまごうことなき去年の生徒会発言委員じゃんけん王者『天野真昼』なのだ。思えば、これがきっかけで真昼と仲良くなった。去年、じゃんけんに負けて落ち込んでいた俺を慰めてくれたのが真昼だった。そのあと思いのほか話の馬が合い、気が付けば自分の好きなゲームや趣味の話をしていた。今年同じクラスになった時には、手を取り合って喜んだものだ。そうこうしているうちにじゃんけんが始まった。
「最初はグー」
「じゃんけんぽん!」
最初のじゃんけんではグーを出し、何とか勝ち残った。ちなみに自分はこういうときにはあまり考えず直感で出すようにしている。そのほうが後々の後悔が少ないからだ。
「最初はグー」
「じゃんけんぽん!」
次はパーを出して勝った。負けた生徒たちが悔しそうに各々の席に戻っていく中、立っていたのは俺と真昼だった。まるで、去年の再現のようだった。去年も大勢いる中で自分と真昼が勝ち残り、じゃんけんをした。その時はあっけなく負けてしまったが、今年こそは絶対勝つのだとこぶしに力を込めた。
「今年こそは俺がこれ(生徒会発言委員)をやる!」
「いいや、今年も俺だね」
女子のほうはすでにじゃんけんが済んでいるらしく、クラス中がこのじゃんけんに注目している。
「最初はグー...」
「じゃんけん...」
「ぽい!!」
俺は再びパーを出した。恐る恐る真昼の手を見てみると、そこには岩の形をした手があった。グーだ。俺はこの一年の平均下校時刻を決めるといっても過言ではないこの係のじゃんけんにおいて、初代王者を打ちのめして見せた。
「よっしゃー!!」
思わず喜びの感情があふれる。前には「まじかよー」と悔しみの感情を浮かべている真昼の姿があった。去年とは逆に俺が慰める番だったように感じ、真昼を励ました。まあ、自分のせいで悔しがっているのだが。
「よし、じゃあ決まったな。生徒会発言委員は男子は舞元で、女子が...美竹か。週に一度だけどよろしく頼むぞ。」
その先生の言葉に俺は戦慄した。
俺は自分のじゃんけんに集中していたので女子のほうは見ていなかった。まさか、
美竹さんが手を挙げていてしかも勝ち残っていたとは。きっと彼女は、ほかの欲にまみれている生徒たちとは違って、本当にこの係をやりたいと思って志願したのだろう。
さっきまでの喜びの感情は消え失せ、これからのことを、悪い癖であるネガティブな方向で考え出してしまう。きっとこれから彼女は積極的に意見交換を行い生徒会会議の中でも中心に立つような人物になるのだろう。そんな人の隣にただ帰りたいだけのボンクラ生徒がいたら?きっと周りからは冷たい視線を向けられ、挙句の果てには、
「私のサポートもできないなんて、なんでこの係をしているの?」
と美竹さんにすら見捨てられてしまうだろう。性格も完璧な彼女にとってそんなことはありえないことだが、ないことも考えてしまうのが自分の悪い癖だ。自分の世界のネガティブ思考が加速しそうになる中、一人の声によってそれは遮られた。
「席替えまでの間って言ってたけど、一年間になりそうだね。あらためてよろしく、舞元くん」
現実に引き戻されたのと同時に、苗字ではあるものの名前を呼ばれたことに少しドキッとした。
「うん。自分は早く帰りたいだけなんだけど、美竹さんをサポートできるようにがんばるよ。」
あとからどうこう言われるのは嫌だったので、あらかじめ自分がこの係をやりたかった理由を公開しておいた。説教じみたものを食らうかもしれないが、後からのことを考えれば造作もない。
「そうなの?実は私も早く帰りたくてこの係にしたんだ。楽したいコンビになっちゃったね。」
自分が想定していた返事とは真逆の回答が返ってきたため少し動揺した。
どうやら、彼女も俺が真面目に仕事をする人だと思っていたらしく、お互いの目的が一致していたことを知って、安堵の気持ちでテンションが上がってしまったらしい。
実際、俺の中でも少し安堵の気持ちが芽生えた。まさか、あの美竹さんが早く帰りたいという目的でこの係を選んだなんて。自分とは違って早く帰って勉強するのかなとか一瞬ネガティブな思考が浮かんだものの今回は頑張って振り切り、再び彼女に親近感を覚えた。
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