第7話 松任城、包囲される
加賀国松任城の周りは一向宗徒に取り囲んでいた。
「なぁ頼源、これは一体どうなってるんだ?」
「きっと頼周の差金でしょう───右衛門尉、こちらから打って出ます?」
「いやいやいや、仲間でやりあってどうするんです?」
「ですが救援の来ない籠城は下策、と言われます」
二層の櫓より城下を覗き込めば南無阿弥陀仏と書かれた旗印を持つ兵たちに幾重にも包囲されていたのだ。とはいえ声を上げてるのは本当にごく一部だけで、殆どは動員兵だろうか。とにかくそこに居るだけの兵ばかりであった。
そんな様子を見ていると飛んでくる矢玉が散発的に飛んできた。それらを目を細めて見ていると、大手門あたりには見慣れた人が大声を上げていた。
「あれ、鈴木出羽守じゃないですかね? 山内組の」
僧の頼源が大手門あたりを指差す。鏑木頼信がそちらを仰ぎ見て一つ頷いた。
「ですな。───彼奴とは米の件で因縁があるからなぁ」
手取川上流域にある鳥越村、ここも一向宗徒が非常に盛んな地である。
山間部に位置しており、まとまった平野部が取りづらいこの鳥越の地は少量だが生産される米の品質は非常に美味しく優れていた。ここで作られた米はせっせと金澤の尾山御坊に運ばれているのだ。
しかしこの地の農民たちは、その少量の米が尾山御坊に行くため自ら食べる米に事欠く有様だったのだ。そのため荒地でも比較的生産量が賄える雑穀、特に蕎麦の生産が盛んな地区でもあった。
「本当に山内組の米は旨いな。その癖、山内組の鈴木は蕎麦の自慢をしよったが。───蕎麦自慢はお里が知れるっていうよな」
ある日の寄合で七里頼周は下品な笑い声を上げながら白米を頬張っていた。頼周は各地域各組を殊更悪く言っては場を和ませようとするきらいがあり、そのときは山内組が槍玉に挙げられていたのだ。
「一つ提案なんだが、松任組の生産性と山内組の品質性。これ、二つ合併させたらより良い米が食えるんじゃないのか?」
頼周はしたり顔でそんなことを口走ったのだ。それには鈴木出羽守も鏑木頼信もいい顔は出来なかっただろう。何故ならどちらも良い米を生産してる自負があるからだ。
「お、お言葉ですが三河殿……。我ら山内組の米は清涼なる手取の水を用いて一生懸命生産しております。松任の連中らのような米など作っておりませぬので無理な相談です」
「おいちょっと待て鈴木出羽守殿。儂ら松任の連中らのような米ってどういう意味で言うんじゃ!」
今となっては鈴木出羽守は合併は無理とやんわり言ったつもりだと想像できるのだが、如何せん彼は言葉足らずの説明不足だったために頼信はとっさに言い返してしまったのだ。もちろんそのあとは激しく言い争うこととなってしまう。その時は頼周らが諫めてその時は収まったが、人づてに伝わった話が山内組や松任組の連中らに広がると、お互いの組でギスギスと関係が悪化し始めたのである。元々、手取川の水利について言いたい事があった松任組、米の生産力だけで発言権が強くなると思い込んでた山内組。この松任組、山内組は何かきっかけがあれば爆発する寸前にまで関係性が悪化してしまったのだ。
そして七里頼周が成敗を言い出したところ山内組が先陣の名乗りを上げ大手門に食らいついてるのだろう。
* * *
「頼信殿、是非に打って出ましょうぞ! 松任組の威信にかけて!」
「儂らもあ奴ら山内組に言われっぱなしは許せんのですよ!」
「鳥越の山猿なんか鉄砲打ちかければ崩れますって!」
評定では皆が打って出て城を囲む一向宗徒、特に山内組を討つべきと床几から腰を浮かして口を揃えて言うのだ。しかし頼信はそれに頷くことが出来なかった。が、これ以上黙っていては誰かが応戦したり暴発したりして、大がかりな攻防戦になっても困る。
そのため頼信は両手を広げて皆に静まれと合図した。皆は大人しく床几に座ると、頼信は一つ咳払いをした。
「皆の者聞いてくれ。───確かに儂ら松任組と鈴木ら山内組とは因縁がある。しかし儂らは御仏を信仰する者たちではないか。何が悲しくて同士で討ち合わなきゃならん。それこそ阿弥陀様が悲しむではないか」
「ですが頼信殿。この松任城も守備は万全ではありませんし兵糧も弾薬も豊富にあるわけではありません。このまま籠城するにも限度があります! 何か、何か策はお考えなんでしょうか?」
「あぁ。前々から考えてた事なんだが───。頼源、一つ頼まれごとをしてくれまいか」
「ははっ、拙僧が出来ることでしたら」
「今から頼純殿に一筆認めようと思うんだが、届けてくれまいか?」
「頼純殿って……下間頼純殿ですか」
「あぁ、きっと頼純殿もこの事態をご存じかもだが、こちらの言い分だけは伝えて判断を仰ぎたいのだ」
「承知仕った。では拙僧にお任せあれ」
「───というわけだ、貴殿らにはくれぐれも反撃はせぬよう! 持ち場に戻ってくれ、さぁ、さぁ!」
各部の守将らは不承不承だったろうが黙って評定の間を出ていく。残された頼信と頼源は一つ大きめの溜息をついた。そして頼信は腰に下げた瓢箪に口をつけ喉を鳴らして飲んだ。頼源は近くにあった床几に腰掛けると懐から小さめの瓢箪を取り出す、中身はきっと酒だろう、それを飲む。
「右衛門尉、なんとか皆の衆が納得していただいて良かったですな」
「まぁ儂らも外の連中らも宗徒同士で討ち合うのは本意では無いんだ、山内組だけは別なのかもな。───現在、松任城は包囲されてる状況だ。無理を承知でお願いするのだが構わんか?」
「えぇ、勿論でございます。なーに、これでも拙僧は坊主の端くれです。彼らも拙僧に手出しはしませんでしょう」
「そうだな」
頼源は松任城の状況とこちらの言い分をさらりと書いてくれたので、内容を何度も確認した頼信は文末に花押をして丁寧に折り畳む。
「では頼源、くれぐれも気を付けて。───ちゃんと帰って来いよ」
「心得ておりますよ右衛門尉。帰ったらまた一献、やりましょうね」
そう言って頼源は評定の間を一礼して静かに出て行った。その頼源の後ろ姿を見送り、彼の道中安全を願うのだった。
異説 手取川の戦い(1577年) おじま屋おっさん @ojima-ya
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