第25話 傷心のエルフにクリエイター(仮)の回復魔法の効果はあるのか

※間のエピソードを読みたい方はノクターンorハーメルンをご覧ください。



2月末のまだまだ寒い冬。暖房を利かせた部屋は暖かい。


 日を跨ぎ、そろそろ寝ようかと空のマグカップを取ろうと手を伸ばした。


 プルルル……


 携帯には[柊翠]と表示されている。


「こんな時間に珍しいな」


 普段の彼女は5時には自宅に着いて、10時過ぎまで勉強をしている。金曜日もマッサージの勉強をしてから帰って9時には家に居るはずだ。彼女は陸上も勉強も睡眠が大事だからと11時には寝ていたはず。


 ピッ! 


「新、今大丈夫?」


「もちろん大丈夫だよ」


「翠wこんな時間に珍しいね」


「うん、明日なんだけど、朝から行って大丈夫……かな」


 ちょっと元気がないような、トーンの低い声だった。


「もちろん大丈夫だよ」と言いながら時計を見る。もう0時過ぎだ。会いたいけど……


 1時間前なら電車もあったけど、流石にこの時間の移動はできない。


「……ありがとう」


「もう少し時間早ければ、今日会えたのにw」とあえて元気に話してみる。


「……そうね。会いたかったけど明日ね。ねぇ、新……大好きよ」


「ふふwありがとう。僕も翠が大好き」


「じゃぁ明日ね……」


「うん、明日も寒いから気をつけて来てね」


「ありがとう……」


 ピッ! 


 元気なかったけど大丈夫だろうか。


 明日も元気がなかったら、たくさん抱きしめよう。


 笑顔が見られるまで、たくさん話を聞こう。


 ◇


 朝7時過ぎ。彼女から8時には着くとLINEが入る。


 “8時って早いねwそんなに僕とくっつきたいんだねw“と、いつも以上に明るく返した。


 “そうよw新にいっぱい抱きついてチューしてもらいたいの“


 “寒いから暖かくして来るんだよ“


 “新が私を温めてね“


 やっぱり昨日の寂しそうな声は杞憂だった。文章で彼女のトーンは夜の会話より元気がある。


「いつも待ってるだけだから、たまには迎えに行ってみるか」


 ◇


 ヒートテックにタートルネックセーター。ロングコートで防寒着に着替える。


 春の息吹は感じられても、朝は風が吹くと頬が寒い。


 駅に着くと同時に彼女の姿が見えた。今日は黒のダウンにグレーのパンツを履いて、白いキャップを深く被っていた。


 彼女も気付いて小走りで近づいてくる。


「待ちきれなくて迎えに来たよw」


「新……ありがとう」


 俯き加減で近づく彼女。深く被ったキャップで目は見られなかった。


 彼女の手を取ろうと左手を出したら、両手を広げて僕に抱きついてきた。人の目のつく場所で抱きつくなんて珍しい。


 僕も嬉しくてダウン越しの細い体に腕を食い込ませる。毎週のように抱きしめているけど、何度抱きしめても嬉しさが込み上げる。


「じゃぁ行こうか」


「チュ……行こ」


 彼女はキャップをずらし、僕のほほにキスをする。外でキスされるのはtwobeeのコスプレ以来だった。


「ふふwありがとう。部屋温めてあるよ」といって手を繋ごうとすると、僕に腕を絡ませて歩き出した。


「新、あったかい」


「毛布の中はもっと暖かいかなw」


「……えっち……」


 彼女の素敵なところは、エロのリミッターの前後のギャップが大きいところ。毛布の中と言っただけで“えっち“と言いながら、セックスが始まると、淫らな言葉と恥ずかしい姿を晒してくる。


 でも、いつもと雰囲気が違う。LINEでは元気に感じたけどやっぱりトーンが暗い。


 それでも僕はいつも通りに声を掛けた。


「早く帰ろう!」


「うん……」


 2人の影が重なり家へと向かう。今日の空は雲が少なく天気が良い。午後は外に出てデートできそうだ。


 ◇


 部屋に入り、コートを脱いて台所に向かう。


「珈琲? それともカフェオレ?」と言うと「その前にキスして……」と言って、僕の頬を掌で包み込む。


 唇が触れるキスを3回。


 僕は両手を彼女の背中に回す。


 コートを脱いだ彼女の胸が僕に押し付けられ、ブラ越しの柔らかい感触が性欲を大きくさせる。


 唇を離し、鼻先を付けたまま僕を見つめる。


 目の周りが泣いたように赤く、少し潤んできた。


「新……大好きよ。新は私のこと好き?」


 彼女から好き? と聞かれることは今まであっただろうか。もちろん嫌いと思ったことは1度もない。


「もちろん、大好きだよ。心の底から愛してる」と言って僕は下唇にキスをする。


「私も……本当に愛してるから……大好き」と言って上唇にキスを返す。


 抱き合ったまま、何度も”好き”と言って頬と頬を寄せ合った。


 彼女の言葉は僕の心を高揚させる。


 でも何だろう……今日の”好き”は自分に言い聞かせているようだ。


「おいで」と言って手を繋ぎベッドに向かう。


 彼女は無言で僕についてきた。


 ベッドに座り、もう一度キスをする。


 今度は舌を絡める深いキス。自分のためではなく、彼女を気持ちよくさせる、心のこもったキス。


 彼女は珍しく、電気を消してカーテンを閉めて欲しい、と言ってきた。最後に暗くして抱き合ったのは半年以上前だ。


 暗くても、カーテンの隙間から光が漏れて彼女の体を照らしている。


 ショートボブの髪型はコスプレ以来気に入っているようで今も続けていた。


 両手で胸を隠し、恥ずかしそうに僕を見ていた。押さえつけた腕から溢れる胸はいやらしさを強調する。


 でも、いつもと違って隠語を言ってほしい雰囲気がない。


「お願いがるの。今日は普通にしたい。いやらしい言葉も、責める言葉もしないで……」と言いながら毛布に入る。


 淫語を言わない普通のセックスはいつぶりだろう。


 言葉で責め、それに反応する体と心はエスカレートする一方だった。最近は特に顕著だったから、彼女に拒否反応が出ているのかもしれない。


 普通に抱き合うだけでも僕は嬉しい。


 彼女は毛布に包まり顔だけ出していた。


「うん、いいよ」


 毛布に入ると彼女の体温が僕を包んできた。体温だけじゃなく、心の温かさを求めている。


「温かくて気持ちいい……」


「幸せな気持ちになるね」


「うん……新と一緒で幸せだよ。本当に大好きだからね」


「今日は“大好き“ってたくさん言ってくれるね。すごく嬉しいよ」


「……」


 僕を離さないようにギュッと包む。頬と頬を合わせ、僕は耳元にキスをする。


 すべすべの肌が、僕の性欲を掻き立てて勃起してきた。亀頭に、柔らかいお腹の感触が伝わって来た。


「今日は……しなくていいかな……抱きしめるだけでいい?」


 僕の首元に顔を埋めたまま、悲しそうな声で僕に言った。昨日の電話の時の声と一緒だった。


「うん、いいよ。体が触れるだけで幸せだよ」


「ごめんね、わがまま言って……」


 全然わがままなんて言ってない。激しいセックスもいいけど、抱きしめるだけでもすごく気持ちいいんだ。


「抱き合ってると、翠の鼓動が感じられて嬉しい」


 いつもと雰囲気の違う彼女。


 何かあったのだろうか。


 また付き合って1年も経っていない。


 彼女の全てを知っている訳じゃない。


 悲しんでいるなら力になりたい。


 嫌なことがあったなら、僕が支えてあげたい。


「ねぇ、翠? 何かあった?」


 僕を包む腕に力が入る。痛いくらいに締め付ける。


「……ううん。大丈夫よ。私には新がいる。それだけで十分」


「もし助けが必要なら言ってね」


 何かあったのだろう。


 大学のことかな。


 それとも上山のことかな。


 両親に将来の言われたのかな。


「ありがとう……大好きよ」


「うん……僕も大好き」


 彼女は僕の胸に顔を埋めずっと抱きついている。胸に微かな雫が流れた気がする。


 何も言わず、ただ抱きしめ合う時間。


 彼女の腕が、僕の脇腹の下に通っている。


「腕痛くない?」


「うん、抱きしめていたいから」


 ◇


 抱きしめたまま時が過ぎる。


 彼女との無言の時間は心地よく、お互いの存在を感じるだけで幸せだった。抱きしめていると、彼女は寝てしまった。


 彼女の頭に頬を寄せるとシャンプーの香りがした。


 腕が痛くなるだろうと避けてあげる。


 僕の憧れていたエルフの美少女は、今も輝いている。


 クラスのみんなから慕われ、学校中から期待され、他校の生徒からも好かれていた。


 そんな彼女は、悲しく辛くても、落ち込む姿は誰にも見せず我慢していた。


 今、ここで寝てる憧れのエルフは、僕に初めて弱い姿を見せている。


 弱音は吐いていない。でも僕には彼女が辛いことだけは理解できた。


「僕が支えてあげるからね」


「…………」


 彼女の寝息が聞こえてくる。


 彼女は昨日から寝てなかったのかな。


 寝れないほどに辛いことがあったんだ……


 僕が支えてあげたいけど、どうしていいか分からない。


 抱きしめることしかできないのか……

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学園一の美少女の裏側はドMな正癖を持っていた ゆきたん @netoraselove

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