第6話 オタクが先生の盗撮を見つける
カツッ! と遠くで音がした。何かと何かがぶつかったような、叩いたような音に聞こえた。
「え! 何? お化け?」
「まさか、出るにはまだ明るいよ」と言ったけど学校と怪談は、カレーとライスくらい相性が抜群。
翠ちゃんは自分でお化けって驚いたけど、好奇心が優先したのか「行ってみる?」と僕を誘った。
さっきまでの良い雰囲気を壊されたけど、ちょうど良かったのかもしれない……
「うん……」
恐る恐る廊下に出る。教室を見ると、橙色の光が影の強さを演出して不気味に照らしている。廊下は太陽の光が入りにくく暗い通路の奥に少しだけ陽の光が当たっている。
そういえば僕たちの教室も電気は点いてなかった。暗さに目が慣れていたのかもしれない。
廊下に出て音が聞こえた方向を見ても誰もいない。
翠ちゃんが「女子更衣室の方向ね……」と小声で言うと、屈んで窓ガラスより低く体勢をとる。
カラカラカラとゆっくり扉を開ける音がした。翠ちゃんは咄嗟に携帯を取り出し録画を始める。
やっぱり誰かが入っていたんだ。更衣室に用事があるなら普通に出入りするのに、バレないように行動している。本当に中に入っていたのか? 女子生徒じゃないはずだけど。
出てきた人はゆっくりと扉を閉める。その動作も、少しの音も出さないように両手で閉めていた。
あれは……上山先生だ……
「……上山先生ね、盗撮の噂があるの」そんなことが噂されてることは知らなかったけど、男子生徒に女子生徒エッチな話をしてたからありえるだろう。今日、学校にいる先生は橋本先生だった。だからこそなおさら怪しい。
上山先生は更衣室を出た後は普通に歩いて行ったが、職員室とは違う方に向かう。あの方向……職員用の駐車場だ。
「ちょっと更衣室見てくる。新君は見張ってて」と言って背を低くしたまま、足音を消して歩いていった。僕も中腰のまま付いて行ってキョロキョロと辺りを見回す。これじゃ僕が怪しい人に見られちゃうかな……
彼女が扉を開けて中に入ると後ろ姿が見えなくなる。本当にカメラが仕掛けてたらどうしよう。今カメラを見つけたら取り除いた方がいいのかな。でもそれじゃ捕まえられない。
数分後に更衣室から出てきた。やはりカメラが設置されていたらしい。今、取り除くこともできるけど、それでは上山先生が犯人か特定できない。
現行犯で捕まえるにしても僕たちだけじゃどうしようもない。警察を呼ぶにも遅すぎる。
「でも、すぐに戻って取りに来るかな」
カメラを置きっぱなしじゃ不安になるから録画後にすぐ取りに来ると思う。彼女はカメラを回収しようか迷っていた。
数秒間の一考で「じゃぁ盗撮を盗撮すれば?」と話してみる。
「その手があるね! じゃぁ……このことを陸上部の子達に話してくる!」
彼女は校庭に走り女子たちに内容を伝える。そして普段通りに着替えてもらった後、カメラを回収するタイミングで上山を問い詰める算段だ。
彼女の携帯を更衣室に設置して録画状態に。2人で陰に隠れて上山が入る所を僕の携帯で撮ればアリバイはなくなる。
更衣室で着替えが終わった女子達は翠ちゃんと不安そうに話していた。しかし信頼されているのだろう。「よろしくお願いします」と言って帰っていった。
「あとは上山を待つだけね」
「うん」
翠ちゃんは“先生“の敬称を付けなかった。真面目な彼女が呼び捨てにするのは、上山と何かあったのかもしれない。
空は橙から紫に変わり暗闇が校舎内を覆い尽くそうとしている。非常灯が廊下を照らし不気味さを演出していた。今は夜の7時40分。
橋本先生には嘘の帰りの挨拶をしておいた。その先生も数分前に車で出ていった。上山は女生徒と先生がいなくなるタイミングを待っていたのかもしれない。
遠くからスリッパが廊下を叩く音が近づいてきた。音を立てながら歩いてるから、誰もいないと思って普通に歩いてきてるのだろう。
僕の携帯のカメラをナイトモードにして暗闇を録画していく。一灯の明かりが女子更衣室の前で止まった。常夜灯の明かりが反射して上山と認識できた。2人の緊張が走る。やっぱり上山だ!
本当にあいつが隠し撮りしていたと思うと虫唾が走る。気さくに話せる先生だと思っていただけになおさらだった。裏でこんなことをしてたなんて、最低の人間だよ。
扉を入った先生は数十秒で出てくるはず。そこに2人で待ち構え、僕はカメラを扉に向けたまま、開くのを待っていた。
ガラッ!
翠ちゃんは「先生! 何してるんですか!」と大声をあげる。僕は何も言わず携帯を構えていた。
(翠ちゃんて勇気あるな。襲われることはないだろうけど危ないよな……)
「な! み、翠か、それに新も……俺は……見回りを……」と焦りながら話している。
「今日は橋本先生でした。昼に挨拶して、さっき帰りましたよ。先生……盗撮してましたね」睨みつけながら本題に切り込む。
上山は咄嗟にポケットに手をあててカメラを確認していた。
「そ、そんなわけねーだろ……ははw……先生を馬鹿にすると退学にするぞ……」と後退りしながらポケットに手をあてていた。
「盗撮したことはわかってます! 逃げても無駄です! 更衣室は私の携帯で録画してますから! それに新君の携帯でもずっと録画してました!」強く太く鋭い声で威嚇していた。僕は携帯を目の前に突き出す。
「私の携帯を持ってきます!」と言って早足で更衣室の中に入ると、素早く更衣室から出てきて、携帯の録画を止めて動画を再生する。
「ほら、更衣室に入ってカメラをポケットに入れてますね!」と仁王立ちで腰に手をあて片手で携帯を再生していた。
激昂して襲ってくるかもしれない。その時はロミオのように怪我を負っても助けなければならない。毎日練習してるんだ。絶対に助けられる! と思っていたけど、襲われることはなかった。
「あ、や、それは……すまない……見逃してくれ! お願いだ! 見なかったことにしてくれ!」と土下座して謝ってきた。
「カメラを!! 出しなさいぃ──!!!」とドスの効いた大声を、学校中に響き渡る音量で叫んでいた。鬼の形相というものは本当にあるらしく、絶対に怒らせないと心に誓う。翠ちゃんはエルフと鬼の混種なのだろう。
ポケットからカメラを取りだすと足元に置いた。僕はすかさずカメラを取りメニュー画面から内容を確認する。
「録画されてるよ。本当に盗撮した証拠だ」カメラを握る手が震えた。本当に性犯罪者を見てしまったんだ。それが自分の担任だと考えると恐怖と嫌悪感が増幅してくる。
「本当に最低の先生だな……」
「新君行きましょう! もうこの男に用はないわ!」とキリリと言った。「は、はい!」と僕はなぜか従者になっている。
翠ちゃんは母親経由で校長に連絡を取り、事の詳細を話していた。数日後、僕も含めて学校に呼び出され事実確認と実際の映像を見せることになる。
校長は、前科がないから穏便に済ませたいと言ってきた。僕が落胆していたら、翠ちゃんは“また“鬼に変身して校長に詰め寄る。
しかし今回は、動画が流れることはなかったからと自主退社という形で終わった。懲戒解雇にならなかった事に凄く怒っていて、警察が介入しなきゃ、過去の余罪が明らかにならないと言っていた。確かに警察に捕まった方が良かったのかもしれないが、盗撮されるされる心配もなくなったし良かったのだと思う。やっぱり翠ちゃんは上山に何かされてたのかな。
◇
こうして僕たちの夏休みは終わった。文化祭まであと1ヶ月を切り、最終段階に入る。校長は視聴覚室を使うことを了承してくれた。ここなら200人以上入れる。クラス全員で中学の同級生にチラシを配り集客を始めなきゃならない。
翠ちゃん喜んでくれるかな。俯く姿じゃなく、明るく前を向いてくれるかな。自分の殻を破って夢を見つけてくれるかな。
文化祭は絶対に成功するだろう。だって最高のヒロインがいるんだから。
あと、スポーツに関する仕事や大学も調べてみよう。選手やコーチじゃなくてもスポーツ関係の仕事はあるはずだ。ほんの少しでも翠ちゃんの役に立ちたい。
好きという気持ちは伝えられなくても、彼女の笑顔が見られるなら僕は本望だよ。
やっぱり自分の気持ちに嘘は付けない。心から大好きで、尊敬できる柊翠ちゃん。
君の未来の為に僕も全力を尽くすよ。
必ず演劇を成功させようね。
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