第7話 オタクの失恋
壇上では劇のクライマックスが訪れ2人の男女が愛を誓い合う瞬間を迎える。視聴覚室の席は満員で、立ち見が出るほどに埋まっていた。
制服を着た新(あらた)が、中央で跪き大きく手を前に出し相手を見つめる。真剣な眼差しで見つめる。うっすらと汗を浮かべながら、愛を叫ぼうとしていた。
「僕はジュリが大好きだ! 僕と結婚してくれ! 一生幸せにするから! 絶対に絶対に! 不幸な思いはさせない!」
真剣な演技と大胆な告白で会場から歓声が沸き立っている。
「お──! 告白してるよ」「キャー」
声を発することが少ない新が、会場全体に響き渡る大声で演技していて友達も驚いていた。
翠ちゃんは僕を見つめながら女神のような笑顔を見せて涙を潤ませている。一瞬の間をおいて次のセリフを会場いっぱいに響き渡らせた。
「ロミオ! 私もロミオが大好き! 家柄なんて関係ないわ。お金や地位なんかいらない! 私はあなたと一生を添い遂げたい!」
”いいぞ! ロミオォ! ”
”ジュリ最高! すてきー! ”
学園一の美少女からの告白は更に場を盛り上げ全体が熱を帯びていた。
立ち上がった2人は向かい合い顔と顔を近づける。お互いの目を見つめ合い、最後の瞬間を迎える。あっという間に最後の山場だ。この瞬間だけは練習はし難かったから。
男性からは歓声が溢れ、女性からは羨望の眼差しが向けられている。
”マジにキスするのか! ”
”凄い! 本当にしちゃうの?! キャー♡”
暑い抱擁。お互いが両腕を背中に回しギュッと抱きしめ合う。鼻先が触れる瞬間に顔を横にずらしキスをする(フリ)でカーテンが閉め始める。
キスはしてないが、頬と頬が触れあうほどに近づいていた。恥ずかしさはあるがお互いに離れることはない。こめかみを伝う汗がお互いの本気の演技を物語っている。
いつも思うけど翠ちゃんからいい香りがする。すごく幸せを感じる。本当に時が止まって欲しいって思うことはあるんだ。このまま抱き合っていたい。これが本当に最後なんだ。
カーテンが2人の前を過ぎる。後ろではみんなが喜びあってお互いの努力を賞賛していた。
僕が両腕の力を抜いて背中に回した腕をゆっくり離していく。僕より少し遅れて彼女も両腕を離した。
盛大な歓声が止まらず拍手が続いていた。成功する自信はあったけど、こんなに歓声をもらえるのは本当に嬉しい。
もう一度カーテンが開けられ、壇上にはクラス全員が立って手を振っていた。
(これで全て終わったんだ。翠ちゃんの素晴らしさが全ての人に伝わった気がする)
僕の両手を握り締め、涙を浮かべながら「本当に良かったね! 新君のおかげよ!」と言ってくれた。
「そうじゃないよ! 翠ちゃんが素敵だっ……」話の途中で男子たちに引っ張られ会話が途切れてしまった。
「すごかったぞ新! 迫真の演技だった」と佐藤くんが喜んでいた。指名された時は本当にムカついたけど「佐藤君ありがとう、君が指名してくれたおかげだよ!」今は感謝しかない。
他のみんなも僕に祝福の声を掛けてくれる。翠ちゃんを見ると女子たちに囲まれて嬉しそうに話してる。
再度閉じられたカーテンが、僕たちの4ヶ月間の終わりを告げる。
500枚印刷した写真は全て完売。驚いたのは、購入した人の殆どが女性だった。同じクラスの女子達も欲しいと言って買っていた。やはり男装が良かったのだろう。
クラス全員で他校の友達にチラシを配った効果も大きかった。観客の70人は友達の両親だったけど、残りの観客は他校の生徒ばかりだった。翠ちゃんのお母さんも来てたのかな。
200席あった視聴覚室も満席になり、立ち見が出るほどになる。売上げも37万円と歴代最高額。今後も抜かれないだろうと校長先生が言っていた。来年の3年生はプレッシャーがすごいだろうけど、37万あれば何でもできるだろう。
劇が終わり、文化祭も終わった後は、全生徒で後片付けが始まる。場所が決まってた訳じゃないから、バラバラになり翠ちゃんと話すことは出来なかった。体力も精神的にも疲れていたけど、気持ち良い疲れだ。
掃除の後はホームルームもなく解散になる。彼女を探しに校舎や体育館を見回したけど見つける事は出来なかった。もう帰ったのかな……明後日も会えるし……帰ろうかな……
校門を出ると寂しさがつのる。この中にまだいるのだろうか。それとも帰ってしまったのか。
(最後に……話したかった……)
太陽が陰り、薄っすら星が輝きだす。
帰り道の銀杏が徐々に色付き始め、秋の入り口に立っている。
(僕の夏も終わったんだ)
1人で歩きながら帰ると、いっそう寂しさがつのってくる。
楽しかった数ヶ月が終わり、今までと同じ生活になるのだろう。”心に穴が空いた”って言うけど本当に空いた感じするんだな。どのくらいの大きさか分からないけど、結構大きな穴だろう。この穴が埋まることはあるのだろうか。
好きになった気持ちは隠したままでいよう。僕は告白する勇気もないし、オタクと美少女はあまりにも不釣り合いと諦めるしかないんだ。
(演技で告白できたんだ。それで十分だよ……)
秋の空は橙色を紺色に染め上げ煌めく星が輝き出す。夏休みのあの日。夕焼けが綺麗だった2人の夏。妄想にも感じるけど確かに肩の感触は覚えていた。
ピロッ!
携帯にLINEの通知が入り、名前は[柊翠]直ぐにロックを解除して開く。
“新君、もう帰った? 探したけど見当たらなくて“
翠ちゃんも探してくれてたんだ。すれ違いだったね。
“僕も探したけど見当たらなかったから帰ってる所だよ“と、送った直後に電話がかかってきた。
ピッ!
「新君お疲れ様! 本当に上手くいって良かったね!」
「うん、翠ちゃんもお疲れ様。予想以上に上手くいってた」
声を聞けるだけで心が満たされていく。寂しい気持ちがかき消され幸せが頭の中を満たしていた。
「本当にすごかったね! 計画立てた以上に売り上げてたし! さすが新君だよ!」
「うん! 本当に良かった! でも僕じゃなくて、翠ちゃんが凄く素敵だったからだよ。今回の計画は翠ちゃんなしでは絶対に達成できなかったから」
「ふふwありがとうw新君の大声はみんなビックリしてたね!」
「あのシーンは2人だけで練習したからね。クラスのみんなも驚いてた」
彼女が、抱き合う所を友達に見られるのは恥ずかしいといって2人の時だけ練習してたな。2人で考えたシーンだけど、初めて抱き合った時はお互い顔を赤くして恥ずかしがってた。「本当にみんなの前でするんだよね」って。白いほっぺが赤く染まるとすごく可愛かった。
「新君、本当に本当にありがとう! あなたが私に勇気をくれた」
「翠ちゃんこそ、何もできなかった僕を成長させてくれたんだ。感謝しきれないよ」
本当に心の底から感謝しかない。彼女のような素敵な女性と、心を一つに出来たんだ。
「ねぇ……新君」
「なに?」
「うん……あの……」翠ちゃんが珍しく言葉に詰まっている。
「ふふっw」口ごもった雰囲気が何だか可笑しく感じるのは、4か月前の自分を思い出したからだ。
「初めて話した時の僕みたいだよw」
「ふふwそうねwあの……明後日、学校だね」
「うん。4が月前と同じ生活が始まるんだ」
「そうだね……ねぇ私達上手くいってたよね」
「最高に上手くいってたと思うよ」
本当に本当に、上手くいってた。このまま付き合えたらと何度も考えてたよ。
「新君……私、実は……」
「お! 新じゃねーか!」
「あ! ちょっと待ってて!」こんな時に佐藤君に話しかけられた。
「お前ら凄く良かったぞ! 新はあんなに大声出せたんだな!」
「うん、ありがとう」
佐藤君は僕の肩に手を伸ばして「翠ちゃんとお似合だったぞ! そのまま付き合うのか?」って言われたけど、僕みたいな男に彼女みたいな素敵な子が似合うわけない。
「それはないと思うよ。僕にはもったいない人だから」
「そんなことねーよ。お前ら息ぴったりだったからな。相思相愛なんだろ? じゃーな明後日学校でな!」と言うと走って帰っていった。
すぐさま電話をとり「ごめん、佐藤君に話しかけられて」
「うん、聞こえてた……」
「あ、そう言えば何か言おうとしてなかった?」
「ううん、大丈夫。明後日学校でね」
「うん……学校で……」
電話を切ると、心に空いた穴がさらに大きくなっていることに気づく。いつもと同じ毎日に戻るのに何でこんなに苦しいんだ。
佐藤君は僕たちをお似合って言ってたけど本当にそうなのだろうか。僕自身が今までより成長した感じはするけど、彼女が僕が似合ってるなんて考えたことも無かった。
とぼとぼと歩いていると自宅についていた。僕は彼女に告白できるのだろうか。でもこんなに好きになった気持ちが壊れるのが本当に怖い。好きなまま、片思いのままの方が幸せなんじゃないかって躊躇する。
気が付いたら自宅の前に居た。リビングに入ると、両親が劇の内容を絶賛してくれた。翠ちゃんとお似合って言ってくれている。佐藤君と同じことを言ってるけど本当なのだろうか。嬉しい気持ちが大きくなるほど不安も大きくなる。
「そう言えば柊さんのお母さんと話したわよ。翠がいつもお世話になってますって。家じゃ友達の話しない子だったのに、劇が決まってから、新の話をばっかりって」
まさかお母さんに僕の話をしてるとは思わなかった。僕なんかの何を話をしてるんだろう。
「”これからもよろしくお願いします”って伝えてって言われたよ」
「うん……」何をお願いするんだろう。僕が支えられてたのに。
早々に食事を済ませ自室のベッドに横になる。PCでようつべを再生しても頭に入ってこなかった。携帯を見ると21時過ぎ。体に疲れは感じているけど、頭の冴えと心の重みを感じていた。携帯に目が向くと自然に彼女を思い出す。今何してるのかな……
LINEを開いて、今まで交わした会話に見入ってしまう。
”僕は壇上で演じるのが不安なんだ”
”大丈夫よ! 新君なら絶! 対! に! できるから”
”僕が作ったシナリオは変な所だらけだった”
”そんなことないよ! 凄く凄〜く素敵な作品だよ。自信をもって! ”
”僕みたいなオタクが主人公でいいのかな”
”みたい、じゃないよ! 新君”だから”いいの! ”
”翠ちゃんの足、引っ張ってないかな”
”新君が私を引っ張ってくれてるよ! ”
僕のマイナスな意見に対し、彼女の意見はすべてプラスな話に変えてくれている。やっぱり僕が支えられていた。
自虐的な僕を一生懸命支えて、やる気を引き出してくれた。
劇の人選だって全部彼女が声を掛けたから引き受けてくれた。
写真だって彼女じゃなければ成り立たない。
彼女をチラシに載せたからたくさんのお客さんが来てくれた。
全部僕じゃない! 翠ちゃんのおかげなんだ!
何の魅力もない僕を全力で支えてくれてたのは誰よりも美しく、誰よりも頑張り屋さんな翠ちゃんなんだよ。
僕にはもったいない最高の女性なんだ。翠ちゃんのために頑張っていたつもりだったけど、僕が支えられていたんだ。
嬉しさと悲しさがこみ上げてきて枕に顔を埋める。
数ヶ月前までは放課後に1人で帰ってゲームをするのが当たり前の生活だった。そんな僕に身分不相応な女性と一緒に演技をして一生懸命頑張った。
会いたい。僕の前だけで見せる感情豊かな姿を見たい。
でも終わったんだ……少しでも心が通じ合えたなら、それだけでも満足だ。諦めよう。
(枕に顔を埋めたら鳴き声は聞こえないよな。もうだめだ。耐えられない……)
そのまま大声で泣き続けた。
たくさん泣いたら辛い気持ちはなくなるのだろうか。
大きく空いた穴は塞がれるのだろうか。
もう1回幸せな日々は訪れないのだろうか。
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